ヘリオット先生奮戦記(上下)

ヘリオット先生奮戦記 上 (ハヤカワ文庫 NF 76)

ヘリオット先生奮戦記 上 (ハヤカワ文庫 NF 76)


医科大学を出て資格をとったばかりのヘリオット先生は、ヨークシャーの片田舎ダロウビーで、
ファーノン先生の助手になり、獣医としての経歴をスタートしました。
その最初の二年間の物語です。


犬の股関節脱臼から始まって、牛の逆児のお産に、馬や羊の腫瘍の手術、怪我(重傷)に原因不明の難病・・・
思いがけないハプニングなんてしょっちゅうで、
ああ、獣医って、大変な仕事。体力勝負で不屈の精神力が必要な・・・しかも年中無休のガテン系職業だったんだ。


病気など動物の異常な状態について説明されてもほんとはよくわかりません。
でも、難しい手術に手探りで挑戦してうまくいったときのヘリオット先生の清々しい達成感は、いっしょに嬉しいし、
ときには素人でも「え?」と思うような珍診察に笑い、
動物に寄り添う酪農家たちの細やかな看護の姿に感動しました。


だけど、
患畜――動物が、「先生、ここが痛いので診てください」といえるわけがないのは当たり前。
動物を診ながら、相手をするのは飼い主たる人なのでした。
そして厄介なのも、人で、
大いに楽しませてくれるのも、人なのでした。


自分が手塩にかけた家畜たちについては獣医以上の知識と経験を持っている、という蘊蓄に辟易し、
おそるべき民間療法なども登場して、若きヘリオット先生を痛めつける。
だけど、その描写の一言一言に、笑わずにいられない、噴き出さずにいられない。
そして、困り果てているはずの先生自身が一番楽しんでいるようにも思えてくる。
この本を書いた熟年代に、きっと若い日々を懐かしく思いだしている。難儀であったあれこれも愛おしく。
だから、気持ちよく笑っていられる。


いろいろな人がいて、時にはとんでもなく癖のある人がいたりもする。どこにでもいるよなーと、よきにつけあしきにつけ。
それでも、大体において、村の人たちの素朴さ、温かさが印象に残る。
診察のあとの「いっしょにあたたかい食事でも」というお誘い、
車の助手席に黙っておかれている、数個の卵や焼きたてのパン。ソーセージなど。
田舎の心地よい加減の鬱陶しさは、日本もイギリスもいっしょだなあ、と思う。
酪農家が動物たち一頭一頭をどのように見ているのか、ということが、折に触れてしみじみと伝わってくる。


ヘリオット先生は動物と人とどちらと一緒にいる時のほうが幸せなんだろう。きっと両方。
ヨークシャーの田舎の風景は素晴らしく、その自然描写を味わいながら、
ヘリオット先生が思いだす学生時代の恩師の言葉を、読者もまた神妙に味わいます。
「諸君が獣医になる覚悟なら言っとくが、絶対に金持ちにはなれないぞ、しかしだな、無限の興味と変化に富んだ生活が待ち受けている」