海に帰る日

海に帰る日 (新潮クレスト・ブックス)

海に帰る日 (新潮クレスト・ブックス)


寄せて、寄せて・・・
波はひたすらに寄せてくる。
絶え間なく寄せてくる癖に、決してこの足まで届かない。
波は、「過去」という名の海から寄せてくる、
波の名まえは、「思い出」です。
その単調な繰り返しは、おだやかな波です。
ただし、この穏やかさには何か癖があるのです。明るくないのは最初から感じているけど。
正直、少々、苛立つのです。


せつせつと、思わせぶりに、ため息のように、
波のまにまににぼんやりと浮かび上がりながらも、確かな形をとるまえに消えていってしまう
思い出のなかの顔たち、出来事の断片。
切れ切れのそういう痕跡をつなぎ合わせるようにして、
彼の過去を少しずつ知る。
だけど、ずっとなぜなのだろう、と思い続ける。
こういう切れ切れがなぜこんなに大切なのだろう。


ずっとこのままかな、と思っていた。
最後までこの波の寄せては返してを眺めつづけているつもりでした。
大きな波が突然にやってくるまで。
波は寄せてくるだけではない。返すのだ。海の中に。
波が生まれてくる先に目を向けたとき、見えてくるものもある。
つながっていくものもある。
見えていたけれど、気がつかなかったものもあるかもしれない。