贋作と共に去りぬ

贋作と共に去りぬ (創元推理文庫)

贋作と共に去りぬ (創元推理文庫)


ブロック美術館が新たに買い入れたカラヴァッジョは・・・大きな声では言えませんけど贋作です。
でも、最初から贋作だったのでしょうか。
いつのまにか真作とすり替えられたのでしょうか。
相当の目利きでなければわからない贋作の特徴が、さらに違う手による新しい贋作の存在を知らせます。
真作、贋作、贋作の贋作・・・ややこしい。図解がほしいよ、と混乱状態の内に、殺人事件まで起こる。続けて起こる。


主人公は、画家兼疑似塗装師(という職業があるそうです)のアニーですが、実は、彼女のおじいちゃんは天才贋作師なのです。
アニーは、このおじいちゃんに、彼の上をいく贋作師の天分を見出されます(十代のころ、それで痛い目にあっています)
そのおかげで、芸術の真贋を見分ける抜群の目を持っているのでした。
いろいろと面倒くさい事情があって、このたびの複数の芸術作品の真贋取り換え事件+殺人事件に深く関わることになります。


アニーをめぐる人間たちが実に魅力的なのです。
謎のx氏。ツンデレ家主。気になる魅力的すぎる二人の男性を筆頭に、
元気なアシスタントを始め、様々な分野で頼りになる友人たち、そして、ついには、刑事まで友だちになっちゃった。
これらの友人たち(?)が陰になり日向になり、アニーを助け(アニーに巻き込まれ、アニーを巻き込み?)
物語はぎゅんぎゅんと音をたててすすんでいくようです。
でも、実は一番楽しいのは、贋作師のおじいちゃんのおとぼけっぷり!だったりして。


贋作か、真作か、贋作か、真作か、そもそも真作なんてほんとにあるの?なんて話にもなり、
時々、頭をよぎるのは、物語の最初のほうで、おじいちゃんが言った言葉、

「月曜日に絶賛された絵が、火曜日に贋作とわかるや、水曜日にはもうあしざまに言われとる。これはどうしてなんだ? 絵がどう変わったというんだ? 美しさが多少とも損なわれたのか? 芸術性が失われたとでも? どうなんだ?」
この問いかけに自信を持って正しい答えを言えるだろうか。
もしや、物語の一番大きなテーマはこの問いかけだろうか。
思い浮かべるのは、裸の王様。
「王様は裸だよ」と言われたとたんに見えていたはずの(?)服も消えてしまうような・・・
芸術作品たちは、そんな扱われ方はされたくないだろう。


この物語全体が、芸術作品を資産とみる芸術愛好家(?)に対する痛烈な風刺のような気がしています。
芸術に価格をつけることの功罪――罪のほうの一つとしては、芸術の純粋な価値が濁り、別の価値観が混入してくるということ、かな。
場合によっては、その作品が持つ芸術性さえも地に落としてしまうんじゃないかなあ。


ほんとうは、贋作は、真の芸術に対する冒涜、と思います。
でも、ある種の贋作師の仕事は、
真作か贋作かもわからず、そのわからないことを金銭的価値(?)の問題とみる人たちへの挑戦かもしれません。
屁理屈みたいだけど。
この物語の贋作師たちのこだわりや仲間内だけが知っている小さなサインなどがあまりに見事なので、とても冒涜とは思えなかったもの。
むしろ、真作にこだわる人たち(あくまでもこの物語の中に限って)のほうが、芸術を侮辱しているように思えたのでした。
芸術の擁護者(?)が、贋作に振り回されるのが爽快でした。