マビヨン通りの店

マビヨン通りの店

マビヨン通りの店


表題作『マビヨン通りの店』は文学者椎名其二について書かれたものであるが、彼のモットーは「成功を避けよ」であったという。
この本一冊読み終えてみて、なぜこの本の表題に、このエッセイ『マビヨン通りの店』を選んだか、わかったような気がしました。


どのエッセイにも、作者の人生のうちにすれ違った人(直接・間接、ともに)のことが書かれています。
名のある人も名のない人もいますが、
たとえ、名の通った人であっても、名が通っていることを恥じるような、あるいは名にも功にも惑わずにいられるような人、
そして、自分の心に沿って、人生を歩みぬいた人のことを書いているように思いました。
そういう人生を送るためには、幸せであることや不幸であることは問題ではなかったのだろう。
不遇のうちに亡くなった人も多い。


そういう人々のことを静かに語る言葉の一つ一つは、少しユーモアがあり、音楽的(シャンソンですね)であり、
どこかもの憂い感じがあるのに、懐かしく、愛おしいような気持ちにさせられます。


この作者に、思い出のなかで、このように語ってもらえるのって、幸せじゃないかなあ・・・と思った。


マビヨン通りの店に若かった作者を連れて行ってくれた女学生、
シャンソンの話』の八十歳を超えてなお美しい女性、
「先生」と畏まると敬語がふえ筆がちぢむだろう、との思いから、普段通りの「さん」と呼びながら語る恩師の思い出、
小沼丹の言い回しの癖・・・(数えるのか)


・・・ぽつりぽつりと語られる一言一言が、ユーモアがあるのに静かで、美しいのにどこか不器用そうで、音楽的なのに華やかではなくて・・・
だから静かにいつまでも聞いていたいなあ、と思う。
『生島さんに教わったこと』の中の言葉の「名文でない、いい文章」って、こういう文章なんだろう、と
(いや、私なんかが偉そうにね^^)思ったのでした。


最初にあげた椎名其二のモットー「成功を避けよ」はもしかしたら、作者自身の矜持だったのかなあ。