幽霊船

幽霊船(魔法の本棚)

幽霊船(魔法の本棚)


幻想的な世界は、ギュスターヴ・モローの絵を見ているような気がする。
暗い背景の中で輝く宝石のような美しさの短編集でした。
美しいものはぞくりとする冷たさをあわせもっていて、痛烈な皮肉となって読む者をさし貫こうとします。
それでいながら、素朴で温かいものも混ぜ込まれている。
どの物語にも、そこはかとない滑稽味があります。
でもそのユーモアは、確かに可笑しいのですが、そして一見朗らかなのですが、いろいろなものをあきらめていく悲しさや寂しさを含んでもいるようです。
作者の不運な一生(巻末の小伝)を重ねてしまうから、余計にさびしく感じるのかもしれない。


好きなのは、表題作『幽霊船』
風にのってきて村のカブ畑に着地する幽霊船。ファンタジックだけど、なんだか笑いたくなってしまう。カブ畑だなんて。
この村の佇まいがまた魅力的なのです。
きっとイギリスのどこにでもありそうな田舎の集落。(に見える)
ご近所さんみんな心易い知り合いで、でも他の村とちょっと違うのは、何代も前の死人たちまで当たり前に村の一員だということ。
幽霊がいっぱい、生きた人と同じように暮らしているんだから、おもしろいのです。
生きた人と死んだ人の違いってどこにあるのかなあ、むしろ生き生きと暮らしているのはどちらかな、とわからなくもなる。
こういう村だから、この村ならではの独特の価値観などもあり、時に「そこかよ」と突っ込みたくもなるのです。
この村、開かれているのか閉じられているのか。
それより何より、
夜の闇の中、嵐に乗って陸から海へ、海から陸へ飛んでいく美しい帆船を思い浮かべてみる。なんという神秘的な美しさだろう。


この短編集の最初の方に収められた物語には、現実を忘れさせる魔法が掛かっています。
でも、後半、後の方になるに従って、苦い現実の物語にだんだん移行していきます。
空に軽々と浮かび朗らかに輝いていたものは、もう見えません。その輝きは人の心のなかに吸収されていくようです。
しかも、それは、あまりにたやすく踏みにじられていく。
後の作品ほど苦いメルヘンです。
『ある本の物語』の作家も、『警官の魂』のベネット巡査も、もしかしたら作者自身でしょうか。
心に宝石のように輝く生き生きとした美を収めながら、それを取り出すこともできず日々死なせていく作家の心のようでした。