ひそやかな村

ひそやかな村 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

ひそやかな村 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)


たとえば、夫の単身赴任中に、別の人の子を産んだ女がいて、そのことが村中のうわさになるのは、あまりに平和だからだろう。
この短編集に納められた小さな物語はどれもこれも、出来事としてはどうでもいいことばかり。
珍しい話でもないのよ。
そういうことがあったということも、あっというまに忘れてしまうにちがいない。
忘れられないものがあるとしたら、そこに伴う感情だ。
これは何に関わる感情だったか、なぜこんな気持ちになったんだろう・・・たぶん、思い出せない。
でも、ふとした瞬間に(たぶん平和でぼんやりしている時間に)、心の片隅から浮かび上がってくるかもしれない。
あまりにかすかな気配だったりするので、きっとすぐ忘れるだろうけれど・・・
すぐ忘れるけれども、蘇った瞬間には妙にせつないような懐かしいような、そして軽い痛みがあるかもしれない。
そこで深く感傷にしずみこむこともなく、頭一振りで追い払ってしまうこともできるような。
きっとそういう瞬間の集まりなのです。この本は。


特に印象に残ったのは・・・


「南米」
身勝手な夫、身勝手な妻ではあります。妻の側から書かれている物語です。
共感はできないけれど、その強さ・開き直りに圧倒されるし、圧倒されればされるほど、口を開けた傷が痛むのが見えるような気がするし、
本当の叫びが聞こえてくるような気がする。
でも、子どもの側からしたら、これはあんまりじゃない?
そして、主人公の親友のロバ―タの、主人公とは別の強さに、やられた気がします。


「カヌー」
美しい風景と憧れと、そして実際のおもしろくもない生活との開きが大きいので、どちらも印象的な風景になっています。
うかびあがってくる風景が読み終えてなお、ますます静かに美しい、輝かしい。


「ボビーの部屋」
こうして少年は大人になる。
そして、彼がなぜ大人になったか周囲の大人たちにはわからないだろうし、とりわけ両親には理解してほしくもないだろう。
親の勝手な思い込みからはみだしたところで子は成長している。
なんか・・・ごめん。


「庭を持たない女たち」
元気なおばあちゃんたちに見えるだろう。仲のいいおばあちゃんたち。
実際そうなんだろうね。ひとりでも欠けたらさびしいだろう。
そういう関係であることをしっかり認識してこそのこの陰鬱とそこはかと薫るユーモアがたまらない。


強くて土臭くて、シニカルで、ユーモアがある。きつい瞬間も寂しい瞬間もちょっと突き放して笑いを含んで眺めていられる。
思わずくすっと笑ってしまったら、主人公たちもこちらを振り返ってにやっと笑うんじゃないかな、と思う。共犯者みたいな顔して。