アライバル

アライバル

アライバル

男は、棚の上の家族の写真を大切にくるんで、全ての荷物の一番最後にトランクに詰めた。
妻と幼い娘を残して、新しい土地に旅立つ。
習慣も言葉も何もかもが全く異なった土地で、とまどい、つまづき、様々な出会いを経験しながら、こつこつと自分の生活を築こうとしている。


最初から最後まで文字はありません。
セピア色っぽい濃淡で描かれた不思議な世界なのです。
見たことのない建築物、見たことのない動物や植物。
時に牧歌的で温かく、時に可笑しく、時にぞっとするほど恐ろしくて悲しい。
誰も見たことのないシュールな世界は作者の想像の世界。
でも、場合によっては、現実の世界をそのまま写し取る以上のリアりティを感じます。


表紙見返しのたくさんの人の顔、顔、顔、表情。
じっと見ていると、苦しくなって目をそらしたくなってしまう。
彼らが見据えているのが、この世のさまざまな恐怖ではないだろうか、と思えてくる。


主人公の男が家族を残して旅立たなければならなかった理由はなんだろう。
彼が後にした町は、ひっそりと息をひそめているようで、まるで墓場のよう。家々の壁に映る巨大な、なんだかよくわからない影の不穏さ。
この町を捨てていく人たちは、戦火や迫害を逃れて海外に逃げていく難民たちのようだ、と感じました。
それは男の移住先で出会った別の人たちの記憶にも繋がるのです。
この不思議な世界にたどりついた人々に残るのは恐怖の記憶。生きのびた、という記憶。


男がたどりついたこの世界はどこなんでしょう。
この世界の人々に寄り添うユーモラスな動物たちはなんなのでしょう。
どんな時代にも、人々が求めてやまない何かの結晶のようです。
ふわふわと降ってくる明るいものに手をさしのべます。この世のささやかな喜びと希望をそっと手に受け止めるために。