ラウィーニア

ラウィーニア

ラウィーニア


これは、ローマの詩人ウェルギリウス叙事詩アエネーイス』に想を得て、書かれた物語だそうです。
わたしはウェルギリウスを知らないし、『アエネーイス』も知りませんが、この本を読むのに困ることはありませんでした^^
(でも、もし、この時代のギリシアトロイアの歴史(?)を知っていたら、もっとずっとおもしろかっただろうと思います。)


トロイア戦争の英雄アエネ―アスの妻になるイタリアの王女ラウィーニアの物語です。
彼女は、19歳の時、森の中で、後世の詩人ウェルギリウスの霊に出会い、彼女の運命を告げられます。
彼女は、自分が何をしたいかよりも、そうするのが正しいと思う道を歩む決心をします。
そのために、辛い道を歩くことになるのではないか、と考えることは彼女にとって意味がないようでした。
自分が進むべき道を逃げずに、ただ毅然として進むのです。


叙事詩アエネーイス』には、自由奔放に自分の夢を追いかけ、自分の能力の限界にまで挑戦する華のある女性も出てくるらしい。
(ディード、カミラ・・・)
でも、ル=グウィンが主人公として白羽の矢をたてたのは、ラウィーニアでした。
アエネーイス』のなかのラウィーニアについてはほとんど何も描かれていないに等しかったようです。
ラウィーニアの生き方は地味です。
彼女は自分の運命を知り、その運命に従います。それは一見守りの人生のように見えます。


彼女の歩く道は、決してなだらかではありませんでした。
それだけに、彼女の愛と束の間の平和の風景はあまりに美しくて、寄せる波のように、まぼろしのように、全篇の隙間に漂います。
そのせいか、血生臭い戦いの場面が多いのに、この本から感じるのは静かな美しさでした。
派手に活躍する英雄たちが歴史をつくるのではない。
怒涛のように押し寄せるものよりも、静かに流れてくるもののほうが、長く深く心にとどまる。


この物語のなかでは、英雄たちもまた、悩める人でした。
敵も味方も、その身うちも、善悪・正邪に分けて描かれることはなく、一人の人間として描かれました。
さまざまな性格を持ち、成長したり、病んだりする人間として。賢くもあり愚かでもある人間として。


そのなかにあって、決してぶれることなく運命の命じるまま、自分の歩みを、苦しみつつ毅然と歩いていくラウィーニアはしなやかに強い。
血に逸り、死に急ぐ英雄たちのそばにいて、愛する者を守り、去っていくのを見送り、
(人の一生はなんて儚いのだろう。波乱万丈の一生も一夜の夢のよう)
起こるべきことを運命として受け入れながら、
ただ一人「生き続ける」ことを全うすることはどんなに気が遠くなるほどの忍耐力と意志の強さが必要だろう。
わたしは、夢中になって彼女の後ろをついていきました。


彼女は、彼女が紡ぐ糸のように、現実も幻も、人々の思いも、ただ錘に巻き取っていくようです。
行きつ戻りつ不思議な雰囲気が縒り合されながら、荘重な余韻をともなうラストへと読者を誘っていく。
彼女の耳になって、聞こえる筈の声に耳を傾けます。