ノック人とツルの森

ノック人とツルの森 (Modern&Classic)ノック人とツルの森 (Modern&Classic)
アクセル ブラウンズ
浅井 晶子 訳
河出書房新社


アディーナがアーデルング・ハウスの玄関の扉を出ると、そこにあるのは「ぴょんぴょん階段」
彼女の好きなものは軽石、桜、雲。彼女は嬉しいことや感動するものを、「軽石級」「桜級」「雲級」と形容して呼ぶ。
歩道の敷石は軽石級に素敵だし、ぱっぱっと光る信号は桜みたいだし、横断歩道は雲のように真っ白の線で描いてある。
なんて豊かな感性、かわいい子、と思わず微笑んでしまう。
アディーナは今日から一年生になる。


ところが、なんだか異様なのだ。
彼女が「アーデルング・ハウス」と呼ぶ自宅には、
母カーラによって持ち込まれた<なんてきれいなの>や<よく見てみなくちゃ>や<とても捨てられないわ>が山と積みあげられていて、足の踏み場もないのだ。
母に、家の外は「ノック人」の国、と教えられ、外部の人間との接触には気をつけるように、と言われていたし、
初めて付き合うノック人の子どもたちは変なにおいがする・・・
学校に通い、外の世界を知るうちに、アディーナも自分の生活の異様さに気がつき始める・・・


カーラは、夫の死後、壊れてしまったらしい。
次々家にごみを運び込むカーラ。
彼女にとって、
子どももごみ(「なんてきれい」で「よく見てみなくちゃ」いけないもので、「とてもすてられないもの」)も
いっしょだったのだろうか。
家のなかにしっかりと囲い込むことで、大切なものを手放すまいとしたのだろうか。
守る気力もなくて、まして気にかけて育てるなど、無理。
とりあえず、手放さないこと、愛する見込みのあるもの(?)を身の周りの寄せることだけで精いっぱいだったのかもしれない。
カーラの壊れっぷりが怖くて、悲しい。


アディーナが物心ついたころにはずっとこんなふうだった。
その前の記憶は・・・あまりにおぼろだ。
母の言うことは絶対だった。
そしたら、それが、子どもの常識になる。それが子どもの世界になる。心地よい、とも思う。
その世界がぐるっと反転して、何もかもが裏返しになってしまった、としたら・・・
それがほんとは正しい世界で、裏返しの世界を生きていたのが自分のほうだった、とあるとき知ったら・・・
そう簡単な話ではない。それを認めるということは、自分の存在価値まで否定することになってしまうのだから。
でも、アディーナは、うすうす知っていたのだろう。
この生活は何かがおかしい。
こうなる前は・・・パパがいたころには、もうちょっと違う暮らし方をしていたことを覚えていたから・・・。
その記憶が、もしかしたら、アディーナを保たせたのかもしれない。
それと、彼女を気にかけてくれる大人の友人エアラの存在とが、彼女に外の世界を受け入れさせる。
その過程に痛みはあるものの、美しい感動に満ちている。
でも、外の世界を受け入れる、ということは、今まで育ってきた世界を捨てる、ということでもあるのです。
外と内とは相いれないものだから。
それでも、こんな暮らし方を強いる母を憎み切れないアディーナ。
愛してほしいのだ。
愛に焦がれるアディーナの悲痛な思いがあまりに辛い。
アーデルング・ハウスと外の世界を往復するアディーナの毎日を読むのは苦しい。
冷たい無視と残酷ないじめの中で、彼女の強さに驚きます。
そして、たったひとりぼっちである、ということにより、冷徹な観察眼も開けていきます。
ノック人の子どもたちのいくつもの塊から、ひとりひとりの違いや、感情などを、汲み取っていきます。
その独特な感性に驚いてしまいます。
そして、だれにも黙って、たったひとりで戦う彼女の孤独が、寒々と骨身にしみてくる。
その戦いかたを誰が教えてくれたわけでもない。
誰かが知ったら、ぞっとするあれこれを、彼女は本能で選択する。
正義とか秩序とかを超えて(知らず)・・・なんとかこの世界で生きていこうとしている。


母カーラはずーっと前に(物理的にではなく)死んでいたのだと、アディーナは思います。
アーデルング・ハウスに詰め込まれ、最後には加速度的に増えていったものたちは「死」そのものだったのでしょう。
「なんてきれい」で「よく見てみなくちゃ」いけないもので、「とてもすてられない」死・・・
死から生へ。
生を勝ち取るための壮絶な戦いは、最初から「生」を与えられていたものにとっては想像を絶するものにちがいない。
(形こそ違っていますが、作者自身が、このような思いを味わいながら今に至ったのだろうか。)


アディーナが、自分の勝ち取ったものの上に立ち、顔をあげて、強さを誇示し、勝利のラッパを鳴らすような、
そんなラストシーンは、感動的ですが、
この完璧な勝利の内にも、彼女のなかで、新しい不安な何かの種が芽を吹こうとしているように感じます。
今まで気がつかなかっただけで、ずっとそれは彼女のなかにあったのだろうけど。
死のなかから這い出して、生きていくことは、これからも危険な冒険であるのかもしれません。