消えたヴァイオリン

消えたヴァイオリン (SUPER!YA)消えたヴァイオリン (SUPER!YA)
スザンヌ・ダンラップ
西本かおる
小学館


クリスマスイブの日、テレジア・マリアの父さんは冷たくなって帰ってきた。
いつも持っていたヴァイオリンがない。
どうしてこんなことに・・・
愛する父を失った寂しさに浸るひまもないくらいに襲いかかるさまざまな責任に押しつぶされそうになりながら
やっと立っている主人公の打ちひしがれた姿はせつないです。
また、家族への愛、ほのかな恋心、友情など・・・ティーンエイジャーの気持ちを丁寧にたどります。


18世紀、音楽の都ウィーンが舞台です。この時代の都の雰囲気が伝わってきます。
王侯貴族、その女官たちが出入りする音楽会や舞踏会の華やぎ、生活の様子など興味深かったです。
一方、人々から蔑まれ恐れられながらも、奔放で魅力的なロマの集落の人々の秘密めいた暮らしぶりにもときどき。
貴族や議員たち特権階級の人々と、貧しい人々の境遇・権利など、あまりの大きな差。


父さんの死のなぞを追い、ヴァイオリンの行方をさがすテレジア・マリアは、
短いあいだに、いろいろなものを見聞きし、体験することになります。
そして、この事件の陰にはとても大がかりな陰謀が隠されていたことを知るのです。
ミステリであり、胸躍る冒険物語でもあります。
勝気で行動的な主人公とその仲間たちのなんと魅力的なこと。
楽団の謎めいた楽師ゾルターン。皇女の女官で賢い娘アリーダ。
ロマの娘で奔放なミレーラ。ロマの天才ヴァイオリニストのダニオール。
楽家ハイドンが優しい楽長として登場しているのも嬉しい心配り。
一筋縄ではいかない怪しい連中が続々。いったいどこでどのようにつながっているのかいないのか。
面白くて仕方がありません。
ことに後半のスリリングでスピード感のある展開は、最高でした。


謎を追いながら、事件のただなかに飛びこんでしまい、
そのために得た仲間との冒険に加担し、さまざまなことを経験しながら、世間知らずだった主人公は大きく成長します。
この時代の女性たちの閉じられた暮らしからはみだして、
自分の夢を追い、着実に足場を築いていく姿は見事だし、清々しいです。

>・・・わたしの世界は大きく変わってしまった。クリスマスイブにゾルターンたちが父さんの遺体を運んできてから、さまざなできごとや人物に追い立てられ、わたしは越えられるはずのない限界の壁を越えた。変わったのは、周囲のものごとだけではない。わたしは自分に知恵があることに気づいた。そして、狂気と呼べるほどの勇気をもちあわせている。・・・
母さんの言うとおりにして、家のなかのことを堅実にこなし、多くの女性と同じように結婚して子どもを育てることは、
この時代の多くの娘たちにとって決して不幸せではないはずです。
でも、それに背をむけるなら、それなりの覚悟―とんでもなく大変な人生が待っていることを受け入れなければなりません。
自由に夢を追うためには、それと引き換えにしなければならない大きな犠牲があるのでした。
それを払う覚悟のあるものだけが先に進めるのでしょう。
彼女は理解ある人々に恵まれていたけれど、扉を押し開けたのは、彼女自身の力です。
この先、どんな人生が待ち受けているのか、十年後の彼女の姿を想像するのもちょっと楽しいです。


ところで、農奴解放運動のことが出てきましたが、実際には、この本のなかには一人の農民も出てこないのです。
そして、その実態も、言葉の上だけで終わっているため、運動に命を賭ける人たちの切実さがピンときませんでした。
それを語り始めれば長くなりそうだし・・・別の話になっちゃうんだろうな。