ズンデヴィト岬へ

ズンデヴィト岬へズンデヴィト岬へ
ベンノー・プルードラ
森川弘子 訳
未知谷


ティムは八歳で、灯台守の一人っ子です。
優しい両親と素晴らしい自然に囲まれて幸福に暮らしていますが、まわりに遊び友達のいない夏休みはさびしくてしかたありません。
ある夏の朝、浜辺でキャンプをしていた子どもたちに、いっしょにズンデヴィト岬へ行かないかと誘われます。
喜びと期待で胸の高鳴るティムですが、出かける前に、修理工場の署長さんが灯台に置き忘れていったメガネを届けることになります。
その後、帰る道々、つぎつぎにお使いを頼まれて・・・時間はどんどん過ぎていきます。


ティムは、みんなの用を強制されたわけではありません。
いえ、ほんとうは急いでいるのです。お使いなんてしたくないのです。でも、みんなの困った顔を見ると放っておけないのです。
ティムのまっすぐさ、素直さが微笑ましい。
そして、刻々とすぎていく時間に、読み手としても焦るのですが、
リズミカルに唱える「ズンデヴィト、ズンデヴィト」に明るい期待が踊ります。


まるでシャワーをあびたあとのような清々しいこの小さな物語。
この物語が心から愛おしいなあ、と思うのは、ティムの素直さ、一途さ、そして、憧れと期待の輝かしさのせいです。
困惑、焦燥、半ばあきらめ、うちのめされ、それでも、やっぱりあきらめない強い思い。
そして、人々への大きな信頼、共感、責任感に、なんとか助けてあげたい、と周りの人々を動かしていくのが素敵なのです。


素直なお話です。素直だけれど、そのときどきの少年の気持ちが細やかに描かれていています。
引き受けなくてもいい仕事かもしれない。
だけど、自分がやらなかったら困るだろう。それを期待されてもいる。そんなとき、どうするだろうか。
ためらい、困惑焦燥、でも、勇気を出して引き受けることを選ぼうと決心するまでの一瞬のためらい。
彼らは必ず待っていてくれるはず、との期待と信頼。自分が追いかけていくことを含めて。
それは、自分自身が人の信頼に値することをしているのだ、という小さいながらの自信の裏返しでもあるのです。
そして、小さな挫折感。怒り。でも捨てきれない希望のための、懸命な努力。
彼の小さな胸の内には、新しい友人たちと過ごす夏の輝きという灯がともっているのです。
それだからくじけないのです。立ちあがれるのです。
この子の思いをただすくい上げてやりたいなあ、と思わずにいられないのです。そ
して、彼の出会った人たちみんながそう思うのもわかるのです。
わたしも、この本の中の彼を取り囲む大人の一人になっていました。


訳者あとがきによれば、この作者の心の基調は「あこがれ」なのだそうです。
あこがれ、といっても、ささやかなものです。
出会ったばかりの友達と、明日という日を、かの地で楽しく過ごすこと。ただそれだけ。
ただそれだけのことが、少年の胸をこんなに焦がし、一生懸命になれる。
あこがれ。なんて素敵な言葉だろう。
あこがれにむかってただひたすらに進む、ということは、途中、どんな困難があったとしても、幸せな旅なんだ、と思います。
そのはじめの一歩のような物語。