初秋

初秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)初秋 (スペンサー・シリーズ)
ロバート・B・パーカー
菊池光 訳
ハヤカワ文庫


うーん、最高。
初めて読んだスペンサーもの。
この本はシリーズの七作目だそうで、シリーズのなかでは、推理小説っぽくない、異色の作品にあたるようです。
かっこいいけど、かっこよすぎない私立探偵スペンサー。
タフでおしゃべりでお節介で、中産階級の健全な市民(訳者解説による。ほんと?)で。


彼が引き受けた依頼(?)が発端で、15歳の少年ポールを保護することになります。
彼は、離婚した両親が互いに相手に対して有利な立場に立つための道具に使われていました。
そのポールとちょいと関わったことから(親たちにもちょいと関わったことから)、ほうっておけなくなってしまった。
なぜ、ポールに惹かれるのだろうか。
ネグレクトよりまだ悪い(必要に応じて子を利用しているから)状況のなかで、
生き抜くために、知らず身につけたのだろう、
感情を殺し、考えることをやめ、何に対しても一切関心を持たないようにして、
転がされる方向にただ転がることで身を処してきたこの少年は、何も教えられたりしつけたりされないだけに、空っぽの容器のよう。
でもその容器は、透明感があるのです。
無関心というバリヤーを張っているけれど、ほんとはとても素直で臆病で、孤独でした。

>「自立心だ。自分自身を頼りにする気持ちだ。自分以外の物事に必要以上に影響されないことだ。おまえはまだそれだけの年になっていない。おまえのような子供に自主独立を説くのは早すぎる。しかし、おまえにはそれ以外に救いはないのだ。両親は頼りにならない。両親がなにかやるとすれば、おまえを傷つけることくらいのものだ。おまえは両親に頼ることはできない。おまえが今のようになったのは、彼らのせいだ。両親が人間的に向上することはありえない。おまえが自分を向上させるしかないのだ」
こういうことを15歳の当事者に対して、歯に衣着せずに言ってしまう。
でも、言っただけのことをするのが(してやるのが)スペンサーでした。
スペンサーの少年との関わり方は、保護というより、手放すための準備です。
それだから、あれだけ無茶苦茶な要求(いや、健全なる精神は健全なる肉体に宿るっていうし・・・むしろ王道、でしょうか)
にも関わらず、ポールの信頼を勝ち得たのでしょう。
自分が、何かに関心をもっているかもしれない、ということさえ知らなかったポールが、
スペンサーにハードボイルドに(?)鍛えられ、自分の頭で考えることを覚えていきます。
そして、二人はいいコンビになっていく。
(えー、いいのか、こんなことに子どもを巻き込んで、と焦る場面もありなのですが、
スペンサー・ルールにのっとっているようで、なんとなく信頼して見ていられるんですよね。大丈夫^^)
コンビといえば、目的(?)に応じて変わるスペンサーの相棒が、みんな素敵。
スペンサーとポール、
スペンサーとスーザン、
スペンサーとホーク。
ポールはともかく、スーザンやホークは、このシリーズの定番の登場人物なのでしょうか。
彼らのあいだの会話がとってもいいです。


悪役と探偵がきっちり役割分担できていて、セリフはきまりすぎるくらいで、楽しい。おもしろい。
だけど、ただおもしろいだけじゃない。なんともいえないしっとりとした味わいがあります。
それは、登場人物の生き生きした描写のおかげかもしれません。
ことにポール、やっぱりいいのです。
スペンサーと共に暮らしながら、瑞々しい感情を表す言葉がふえてくる、自分の将来のことを夢見る事を始める、考えることを始める。
望む。切望する! 
そこまでの過程が。
そして、最後のあの場面へ・・・しみじみとしたせつなさと、シャワーをあびたあとのような爽快感とを同時に味わっていました。
ああ、この感じがまさに初秋の味わい。(ほんとは「初秋」には別の意味があるのですが・・・)


この物語には続きがあるそうです。
その後のポールに会えるみたい。タイトルは「晩秋」ですって。
ぜひこちらも読んでみたいと思います。