世界の果てのビートルズ

世界の果てのビートルズ    新潮クレスト・ブックス世界の果てのビートルズ
ミカエル・ニエミ
岩本 正恵 訳
新潮クレスト・ブックス


スウェーデンといっても、目と鼻の先がフィンランドという、さいはての土地。トーネダ―レン、バヤラ村。
スウェーデン的な文化も言葉も、ここには届かない、
見捨てられたようなこの土地では、スウェーデン語とフィンランド語が合体したような独自の言語が生まれた。
あらくれの木こりの村。強い酒を浴びて殴り合うことさえも伝統になってしまうような。
主人公は、1959年生まれ。
少年期が60年代にあたるわけで、わたしは、作者と同年代になりますが、
外国という以上の、時代を飛び越えたようなカルチャーショックを受けました。


作者の幼年時代から少年期の終り頃までの物語。作者の人生はこの村で始まりました。
文化からも見捨てられたようなこの土地で、
ビートルズをはじめとしたロックンロールに魅せられた少年たちが、木材とゴムでギター(の形)を作り、ロックバンドを結成する、
ということから、この本のタイトルは生まれたのですが、その話がメインというわけではありません。


雪解け、砕氷を前にして、少年たちが叫ぶ。「ロックンロール・ミュージック!」
自然の荒々しい営みが独特のリズムを刻み、少年のの体の奥から突き抜けていくよう。
彼らのロックはこの北極圏の荒っぽい大自然の中にあり、ここから、彼らの人生が始まります。
なんという不思議な青春物語だろう。ちょっとこんな本は読んだことがないかもしれません。


取り残されたような荒っぽい村、しかも北極に近い暗闇の厳寒の冬、白夜の夏・・・そのせいかな、この独特の幻想的なイメージは。
スウェーデンでありながらスウェーデンではないさいはて、というけれど、でも、私から見たら、やっぱり「北欧」なのです。
そして、この物語からは、ムンクの一連の絵を見たときとよく似た感じを味わっていました。
暗く閉じ込められた箱の中に、鬱屈した暗く強い熱いエネルギーの波があるような。
ユーモアたっぷりに少年時代を振り返るけれど、ユーモアだけでは混ぜ返せない強い暗い流れ。止めることのできない濁流。
この感覚は、どの国の思春期の群像にもあてはまりそうで、
そうではあるけれど、ううん、やっぱり、この地だからこそ、この環境だからこその、独特のもの。
なんだろう、この空気。
荒くれた原始の世界なのに、現実とファンタジーがミックスしたような独特の幻想味。
どこまでがファンタジーでどこまでが現実なんだろう。
なんと曖昧模糊とした不可思議な世界。
そして、それはやっぱり、すべてが現実なのかもしれない、この世界では、ほんとうのことなのだ、と思うのです。
真っ暗な冬の昼間。しらじらと明るい夏の夜。
そんなものがずっと続く、そして、他所とは絶縁し孤立したような世界の感覚。世界そのものがまるで現実感から遠い。


ここに住む人々や嘗ての自分を笑い飛ばしながらも、やはり捨てきれない郷愁を感じる。
どうしたって、戻りたいわけではないだろうに、捨てきれない愛情、
そして、今いるこの場所が、まちがいなく嘗てのあの村から始まったのだ、
ということを「そんなに悪くなかったぜ」ときっと思っている。
物語の始まりに幻のように現れる道路に寝そべった四人の少年の姿が、くっきりとした事実となって、
物語の最後に現れたとき、過去と現在とのつながり(そして未来への)が確かなものになっていくような気がします。


思春期を迎えた主人公に、父親が一対一で、一族のルーツや文化について、話して聞かせるところ。

>ぼくが育った土地は、そこに住むすべての人々がからむ大量の糸が交差しているらしかった。それは、憎しみと、肉欲と、恐怖と、記憶からなる、とてつもなく大きくて強力なクモの巣だった。その巣は四次元で、粘着力のある糸は時の前にもうしろにも伸び、地中深く埋められた死体にも、いまだ生まれていない天上の赤ん坊にも届き、好むと好まざるとにかかわらず、ぼくを包み、力を及ぼしつづけるだろう。それは力強く、美しく、ぼくを果てしなく怯えさせた。
具体的に言えば、ものごとをあまり考え込まないようにしろ、考えすぎると心を病むから。
読書もけしからん習慣だ。麻薬より悪い。などなど・・・
びっくりな教訓のあれこれ。すばらしいカルチャーショックにくらくらします。
と、なんとも単純にして奇妙な訓示(?)なのだけれど、
「おまえもそろそろ大人だ」と、このように父と息子が一対一で向かい合ってこういう話ができる、という雰囲気はいいものだ。


もうひとつ、主人公のおじの結婚式の場面。
花嫁側の男たちと花婿側の男たちの力の競い合いの、なんと素朴で荒っぽい平和。


そして、物語をいろどる下品で、不気味で、おかしな脇役たち。
奇妙な薬を調合する女装の物売り。父の暴力に怯え声を失くして生活する一家。
一夏だけこの地に滞在して何かを書いているドイツ人は、実は昔ナチの親衛隊だった、とのうわさがある・・・
ものすごく濃いキャラクターたちが、この世界には似合っています。
起こるできごともぎょっとするようなことばかりなのに、素朴であるがゆえに、どこか微笑ましい。
そして、微笑ましく思うとともに、どこかに寒々と鈍く続いてきた絶望感のようなものを感じてしまう。
うまくいえないけど。
そして、そのどうしようもないような暗がりのなかでしたたかに成長していく若い力のほとばしり。
うん、うまくいえない。ただ、こんな本は初めて。


容赦ない自然、暴力と飲酒、あからさまな性、
そこに生きる人々(虐げるものも虐げられるものもなんと逞しい)をコミカルに描写しながらも、
滲み出てくるのは、共感、悲しみ。
醜くて、泥臭くて、そして封じ込められた世界を突き破るような熱く強烈なエネルギーのほとばしりが静まったとき、
浮かび上がってくるのは、ただ幻想的な美しさでした。読み終えて感じるのは、ただ幻想的な美しさ。