少年の魔法のつのぶえ

少年の魔法のつのぶえ―ドイツのわらべうた (岩波少年文庫 (049))少年の魔法のつのぶえ―ドイツのわらべうた
ブレンターノ/アルニム 編
矢川澄子池田香代子 訳
岩波少年文庫


少年が女帝に捧げた角笛は、妖精からの贈り物。
ほんの指先一本でひびきだすという『清らにもあまきそのしらべ」をわたしたちもきく。
こうして、はじまりはじまり、ですね。


ドイツで二百年前に出たという民謡集『少年の魔法のつのぶえ』は、グリム童話集と並んで、ドイツの家庭では大切な本だったそうです。
その編訳がこの本ですが、読んでいてなんと楽しいこと。
おかしいもの、不思議なもの、ロマンチックなもの、くすくす笑ってしまうもの、
残酷なもの、悲しいもの、物語になっているもの、ちっとも意味がわからないもの、
いろいろ。
でも、いかにもわらべ歌だなあ、という独特の言い回しや合いの手、繰り返しなどが楽しくて、
どんな場面で歌われたんだろう、と想像してしまう。
この歌はきっと、くすくす笑う子どもの手をとって、指を一本ずつおりまげながら、
この歌はきっと、みんなでまあるく輪になって、ぐるぐるまわりながら、
この歌は、もしかしたら、お祭りなどの集まりで、みんなで掛け合いのように歌ったのか、
若い娘や恋人をからかって歌った歌もあるな、
それから、苦しい生活をせめて歌に託して、あるいは言うに言えない恨みつらみを歌に託して、歌ったのかもしれないな、と。

>リルム ラルム お匙をもって
ばあさんたちは大食らい・・・
ではじまる歌は、あついスープをまぜながら、とタイトルがついている。
お鍋の面倒を見ながら歌うおかみさんの陽気な顔が見えるよう。
我が家にも料理歌がある。豆を炒りながら歌うのです。
「豆の虫もじりじり、イネの虫もじーりじり・・・」と。
わたしは義母に教わり、義母もまたこの家のお姑さんに教わったのでした。
>あっち見たって こっち見たって
どんなに道ばた さがしたって
ドイツの国は みつからない
すってんころりが せきのやま
これは、「こどもがころんだときの歌」というタイトルつきです。
うふふ。すりむいたおひざをさすってあげながら、特別の節回しで、歌ったのでしょうね。
この歌が終わるまでには、きっと痛い痛いは消えてしまうかもしれない。
日本のこどもたちが「痛いの痛いの、あっちのお山にとんでけー」とやると、ピタッと泣きやむところを重ねて笑ってしまいました。


「おへやのこびと おへやのこびと、おまえのズボンを かしとくれ」で始まる歌は、
着替えが厭だと逃げ回る子どもに歌いかけ、気を紛らわせながら、
するりと服の中に突っ込んでしまった腕のいいおかあさんたちの顔を思い浮かべて、にっこり。


本を読みながら、私の身のまわりにある、よく知っている歌を思いだしたりしました。
わたしたちは、なんてたくさんの歌といっしょに生活してきたんだろう。国はちがってもいっしょだなあ、と。
わらべ歌はいいな。
そこに暮らす人たちの顔がぼうっと浮かび上がってくる。生活が見えてくる。
そして、自分の足元の暮らしもまた思い出す。自分の歌も思いだす。


この本、挿絵が素晴らしいのです。
駒形克也さんの切り絵。
繊細で、ロマンチックな、黒と白の世界の美しいこと。
どこかこの世ならぬ不思議な雰囲気が、この本の歌のイメージにぴったりで、ため息が出てしまいます。