ミムス―宮廷道化師

ミムス―宮廷道化師 (Y.A.Books)ミムス―宮廷道化師 (Y.A.Books)
リリ・タール
木本栄 訳
小峰書店


敵国ヴィンランド王国テオド王の虜囚として地下牢で処刑の日を待つモンフィールの国王フィリップとその側近。
フィリップ王のただ一人の息子、モンフィールの皇太子フロリーンは、
テオド王の宮廷道化師ミムスの弟子にされてしまった。
道化は、王にとって愛玩動物に同じ。
サル塔に起居し、自尊心を剥ぎ取られ、
憎き敵王の面前で、媚を売り笑わせ喜ばせる役割を果たさなければならなくなったフロリーンは、
鎖こそつけられてはいないが、
もしテオド王の城から一歩でも外に出たら父王がどのような目に合わされるかわからない。
過酷な場面は何度も何度も出てきます。精神の拷問、という言葉も。
まさにそのとおり、屈辱と絶望だけが友のような日々ですが、
このような経験は、フロリーンを、真の皇太子として成長させます。
ただし、もし生き延びられればの話ですが。


大立ちまわりがあるわけでもない、ものすごい陰謀があるわけでもない。だけどすごくおもしろい。
子どもの本でこのページ数はかなり長いものだろうに、退屈している余裕がないのです。
巧みに配された緊張感、どきどきし、きりきりし、ほーっとしたり、ほろっとしたり、ふっと和み、ひやーっとして、
・・・うう、かなり忙しくて、時間がたつのを忘れてのめりこんでしまいます。
(王子をこのままにして、今読むのをやめるわけにはいかない!と思いながら)
しかも登場人物がこぞって、とても魅力的なのです。
脇役たちは、良い悪いですっぱり割り切れるものではない、ということや、
裏切りや友情など、そして、愚劣な行為や気高い心など、道化の立場から、
つまり、足元からじっくりと見せてもらいます。
だれからも軽蔑される存在になってしまったということは、
今まで見えなかったものが思う存分見られるという強みでもあるのです。


何より魅力的で、食えない男ミムス。このフロリーンの師匠が魅力的で、目が離せないのです。
やせっぽちの醜い初老のこの男。
敵なのか味方なのか、一筋縄ではいかない、その時々の場面で変わる顔。


だいたい宮廷道化師という身分。
宮廷中、どんな下僕にさえも侮蔑され、人間として扱われることさえないのに、
常に王の傍に侍り、王を喜ばせるためであれば、王であろうが大切な賓客であろうが、
公然と面罵し愚弄することも許される存在。
口をついて出るのは下品な駄洒落やざれ歌だけれども、機を読み、術数に長け、深い知恵と度胸、洞察力。
その底知れなさに舌を巻くばかり。
やがて知るのは、彼の理不尽にして不幸としか思えない人生の中で、
それでもただひたすらに王の道化師として王に仕えながら培ってきたものに、圧倒され、言葉を失います。
クライマックスでのミムスの独壇場は圧巻でした。ミムス渾身の舞台。
貧相なその体がなんと大きく見えたことか。そして、すっと身を引く引き際の見事さ。


ミムスが、フロリーンに提案した取引(?)は、忠誠心ではない、とわたしは思います。
高いところから人を俯瞰している(見くだしているのではない)からこその提案だと思います。
王の謁見の日の足元で、にやりと笑いながら
「上から見ようと、下から見ようと、中身は結局いっしょってわけだ」と言った言葉がよみがえります。
人とも思われぬ扱いを受けながら生きてきたミムには、ある種の悟りのようなものを感じます。
一番下からの眺めと一番上に立つ王様のみえるものは、もしかしたらよく似ているのかもしれません。


そして、よき王とはどんな王であろうか、この本の中で真に王と呼べるのはだれだろうか、と考えます。