二つの祖国(一)

二つの祖国 第1巻 (新潮文庫 や 5-45)二つの祖国 第1巻
山崎豊子
新潮文庫


全部読み終わってから感想を書くつもりでしたが、
図書館予約中の二巻以降がまだ来ないので、とりあえず、一巻の感想をメモしておこうと思います。
この本を手にとったきっかけは、『渡りの足跡』(梨木香歩)に、第二次大戦期のアメリカでの日系人迫害の話が載っていたこと、
そこから、『二つの祖国』を紹介してくださった方がいたのでした。
有名な本だし、タイトルは知っていましたが、初めて、「二つの」の意味を知ったのでした。
ご紹介いただき、ありがとうございました。


第二次大戦下のアメリカでの日系人迫害、財産没収、強制収容所・・・
思い出すのは、これも、しばらく前に読んだ『親愛なるブリードさま―強制収容された日系二世とアメリカ人図書館司書の物語』(ジョアンナ・オッペンハイム)です。
戦時という異常なときに、しかも日系人叩きの嵐が吹き荒れる中で、
強制収容所の子どもたちの身を案じ、ずっと本を贈りつづけた白人女性がいました。
この本は、図書館司書であるブリードさんと収容所の子どもたちの文通の記録です。
素晴らしい本でした。
この本のなかの子どもたちは日系二世三世で、アメリカで生まれ育ち、アメリカの教育を受けた年端もいかない子どもたち。
自分たちはアメリカ人である、ということを一点の曇りもなく主張しているように思われました。
この本の著者ジョアンナ・オッペンハイムはアメリカ人である、ということ。
著者が書いているのは、アメリカ政府が、ほかならぬ「アメリカ人」を不当に差別した、ということなのです。


そして、この『二つの祖国』。
日本人の書く日系人の物語は、アメリカ人の手によるものとは、かなりニュアンスが違っていました。
確かにアメリカの国籍を持っていればアメリカ人です。
けれども『親愛なるブリードさま』の著者オッペンハイムさんアメリカ人であるのと同じようにはアメリカ人ではなかったのです。
すんなりと単純に「アメリカ人である」と割り切れないものがあったのです。
一世二世、そして、生まれて間もない三世たち。父母、兄弟、など肉親が日本にいるものもあれば、
アメリカで生まれながらも、日本で教育を受けたものもいました。
各家庭では日本の伝統や日本古来の家族関係が守られていました。彼らにとって、日本はアメリカと同じくらい大切な祖国でした。
また、一世、二世、日本を知っているもの知らないもの、年齢などによっても、
日本やアメリカに対する思いは違っているし、個人個人でも、すごく違っているのです。
そして、等しく感じるのは、みんながみんな「二つの祖国」の間で、自分のアイデンティティに悩んでいる、ということでした。


アメリカ人であると同時に日本人でもある。
自分はこの二つの祖国をどう考えればいいのか。自分はどう生きるべきなのか。
しかし、外から見れば・・・アメリカ人たちは戦争前から日系人を差別・蔑視する、
一方で日本人もまた日系人を「移民」と呼んで差別していたのでした。
彼らの大切に思うアメリカも日本も、彼らに対して背を向けていたのでした。
まるで足元の土が左右に割れたような孤独感や悔しさがせりあがってくるようでした。


戦時下、不当な差別と強制収容の中で、日系人たちは悩み苦しみます。
理不尽な扱い、人種差別への憤り、過酷な生活条件に対する忍耐などなど、辛い描写が続くのですが、
何よりも、二つの祖国に対して、「自分たちは何者であるか」という悩みや苦しみが大きく描かれていました。
それぞれにみんな違う、そして、簡単に結論づけることができない。
そして、悩みが深ければ深いほどに、手を取り合わねばならぬ人たちの間に大きないさかいなども起こるのでした。
そして、それは、家族離散さえも招いてしまうこともあるのです。読むのが辛かったです。


(メモ)

>「私の云わんとするところは、よき日本人であることは、よきアメリカ市民になることだと云っているのです、この国にいて報われることの少ない日本人は、ややもすれば無気力になり、積極的な向上心を失いがちだから、そうした人たちの気持を鼓舞するために、日本人の誇りを持って、よきアメリカ市民になれと、訴えているのです」


>賢治たちの年代で、アメリカで生まれた者は、すべて出生地法によってアメリカ国籍になると同時に、親が日本領事館に出生届を出した場合は、日本国籍も持つことになる。したがって日本を見たこともない二世でも、アメリカと日本の二つの国籍をもつ者がいたが、賢治のように十歳から二十歳まで日本で教育を受けた者は、国籍だけではなく、心情も二重国籍者であった。


>「じゃあ、お姑さん、私たちは日本の政府に何をして貰ったって云うの? 日本の大使にしろ、領事にしろ、私たちを、移民、移民ってさげすんで、戦争になったら、私たちがどうなっているかも考えず、交換船でまっさきに帰ってしまった! 私はアメリカの人種差別より、日本をもっと憎むわ」

一巻は、天羽賢治が、ミネアポリス行きの列車に乗ったところまで。
二つの国で教育を受け、公平に先を見通そうとする主人公賢治は、二つの祖国の橋になろうとしているようです。
けれども、それは、なんて孤独な道なのか。
彼の、そして彼の同胞たちの行く末を見守りたいと思います。