妖精の騎士タム・リン

妖精の騎士タム・リン妖精の騎士タム・リン
スーザン・クーパー 再話
ウォリック・ハットン 絵
もりおかみち 訳
小学館


『タム・リン』は、スコットランドで語り継がれてきたたくさんのバラッドの一つだそうです。
スーザン・クーパーの独自の創造性を加えて誕生したのがこの絵本だそうです。


カーターヘイズの森は呪われた森。妖精の騎士タム・リンの森だから。
タム・リンに出会った娘はだれとも結婚してもらえなくなるから、ひとりで森へ行ってはいけません。
そう、教えられていた王女マーガレットですが、摘まれるのを待っている花になるなんて嫌、と城を飛び出して、森へ行きます。
そこで出会った若者と一日それは楽しく過ごして帰ってきましたが、城では、マーガレットが出て行ってから一週間もすぎていたのでした。


この時間のずれの不思議さ。竜宮城で楽しく過ごした浦島太郎を思い出しながら読みました。
昔話も渡りをするのかもしれません。(読み終えたばかりの梨木香歩のエッセイ『渡りの足跡』を思い出しつつ)
遠く離れた島国の日本とスコットランドに似た話が伝わっている不思議を、ここでもまたひとつみつけたのでした。


タム・リンは、遠い国の伯爵の息子。三歳のときに、父の庭から妖精の女王にさらわれたのでした。
妖精たちは、七年に一度、人間の魂を悪魔に捧げなければならないのですが、
まもなくタム・リンの魂も悪魔に渡されようとしているのだといいます。
タム・リンを助けることができるのは彼を心から愛した娘だけ。


タム・リンが、彼を救う方法をマーガレットに告げる場面が好きです。
夏至祭に、はるかな国へ渡っていく妖精族の行列・・・こわいような美しいような幻想的な風景です。
日本の「きつねの嫁入り」を思い出します。
こういう不思議な存在が列を作ってしずしずと進んでいく姿、
夏至際にしても、日向雨のときにしても、何か空間にねじれのようなものができる瞬間があるのかもしれません。
そういうときにはふだんわたしたちが目にできないものを見ることができるのかもしれない。
自分の居場所を告げるタム・リンのことばは、呪文のようでもあり詩のようでもあります。
「いちばんはじめに通るのは・・・・・・けれどわたしは、そのなかにはいない。
それから、通るのは・・・・・・けれどわたしは、そのなかにもいない。」


すべてがひっそり静まりかえった夜のなか、マーガレットの戦いはひそやかで、神秘的で、おそろしいけど美しい。
なんてロマンチックな物語だろう。
スコットランド夏至の夜のひんやりとした夜気。薔薇の香り。肌に残るような気がします。


ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『九年目の魔法』を読む前の予習のつもりで選んだ絵本でしたが、すてきな物語でした。