明日につづくリズム

明日につづくリズム (teens’ best selections)明日につづくリズム (teens’ best selections)
八束澄子
ポプラ社


舞台は因島
中学三年生の千波と恵はポルノグラフィティの大ファン。


嘗て造船で栄えた栄光はいずこ、もうすぐ尾道市に統合されるという島、という独特の環境。
それぞれに持った家族の事情を否が応でも考えずにはいられない年齢になってきている二人。


さびれていく町を憂い、都会への憧れもあるけれど、大きな海とそこに昇り沈む大きな太陽にまるごと抱かれる島でもあるのです。
ダイナミックな自然のなかで、それぞれの少女たちの一途な憧れ、もやもやした気持ちやいらだち、ばくぜんとした夢、夢を語る不安・・・
などなどが描かれます。
ポルノグラフィティへの憧れが、夢を追う少女たちの励みになっていくのが、素敵で、ああ、憧れって素敵、と思う。
彼らがいるからがんばれる。こういう気持ちを持った時代があったことを思い出します。
ポルノへの憧れと、さまざまな悩みや迷いが絡まりあいながら物語は進みます。
そして、あのポルノのコンサートが大きな山になっています。


作者は、因島出身だそうです。
なにげなくつけたテレビに映ったポルノグラフィティ因島凱旋コンサートの模様を見て、涙がとまらなかったそうです。
誰もが、ふるさとには特別な思いを持っている。
ことにそれが海に囲まれた「島」であったらなおさらではないか、と思いました。
この本に出てくる少女たちの一途さ、純粋さ。
家族愛。ことに千波のおかあさんのおおらかなやさしさ、歳を経ても決して損なわれない純粋さ。
それは、ふるさとの島に捧げる作者の思いそのもの、と思いました。
島の風景、島に生きる人々が、そのままひとつの理想郷のように見えて、ふしぎな懐かしさを感じました。


親にだっていろいろ事情がある、おかあさんだって、いつも良いおかあさんでなんていられない。
悩み苦しむ。
中学生くらいになれば、親の欠点などもぼろぼろ見えてくるだろうしね。
でも、うちのおかあさん、何があってもこれだけは信頼できる、これだから素敵なんだ、と、心から思えたら、
こんなにも安心していられるのですね。
読者も安心して読んでいられるのですが、子どもたちにとって。
もちろん思春期ともなれば、いろいろとあるし、どうしたって、ぶつからずにはいられないだろうし、不平不満はどっさりあるのだけど、
そうであっても、芯の部分では全面的に信頼できる・されている、口には出さなくてもずっと見守られている実感がある、
というそういう感覚を持てたら幸せだ。
素直にそう思いました。


千波の家庭の事情、弟のことなどは、別の物語になりそうな気がして、テーマが割れてしまうのでは?
と読みながらちょっと不安になったりしましたが、杞憂でした。
千波の漠然とした夢(漠然としていてもいいと思います、まだ中学三年生だもの。
でも、漠然としたなりに夢を持つ事さえ難しい環境は、親の身としてはやっぱりせつない)が、実現すべき目標となっていく、
そのためにひとつひとつ足場を踏み固めていこうとしている過程が、
家族が深く強く繋がっていく過程と、ぴったりとリンクして清清しい結末へと盛り上がっていきます。


千波と恵の友情も、他の友人たちのことも、書かれないいろいろなことがあったに違いないと思います。
でも、四方を広大な海に囲まれた因島という舞台に洗われて、あとには、良いもの、大事なものだけが残っていくように思いました。

>あとは、手と手をつないだまま、だまって歩いた。手と手で会話した。ガンバロ。いろいろあるけど、ね、ガンバロ。
島に残るもの、出て行くもの、それぞれに夢を追い、叶え、たぶん時々挫折なども味わいながら、
ふりかえってみたときに、あの大自然と温かな友や家族の笑顔を思い出せたら幸せじゃないか。
そして、あの日、涙のなかで身を震わせて聞いた、歌った、ポルノの凱旋コンサートの夢のような思い出が燦然と輝く青春であったなら。