リヴァトン館

リヴァトン館リヴァトン館
ケイト・モートン
栗原百代 訳
ランダムハウス講談社


過去にある事件があって、でもそれは見た目どおりじゃないらしい、というほのめかしのうちに、過去と現代を交叉させながら物語が始まる。
語るのは98歳のグレイス。
施設に暮らし、心わずらわされる深い悩みを抱えてもいる。
でも、最近とみに思い出すのは昔のこと。ぜったい誰にも語るまいと固く誓った秘密のこと。とりとめのない記憶。
過去の事件を題材にして映画を撮る、という映像作家の手紙を受け取ったときから、彼女の過去の日々が色鮮やかによみがえり始める。
まだ少女だったころに、リヴァトン館という貴族のお屋敷にメイドとして奉公にあがって、そこで体験したこと、
そこで結んだ交友、恋、秘密などが、語られていきます。
現代の秘密。過去の秘密。過去の過去の秘密。
物語のあちこちに人知れず埋められた数々の伏線が、おどろくべき真実に導いていきます。
たくさんの秘密が絡み合い、現代と過去の出来事が思いも寄らないところで繋がっていることに驚かされます。


ミステリ、といえばミステリなのですが、
ミステリだということを忘れるほどに、その時代特有の雰囲気や、人間などが、おもしろくて、夢中になってしまいます。
主人側と使用人というこの大きな決して越えられない垣根。
使用人側から主人たちをみるその目の純朴さが印象的でした。
リヴァトン館の使用人たちの人となりが特別に上質だったのだとも思いますが、
彼らは、プロの執事であること、料理人、メイドであることに心から誇りを持って立ち働いているのです。
現代の98歳のグレイスが、若い映画女優を前にして、
この子にはそういうことはわからないだろうと考える場面がありましたが、わたしもまた、きっと理解できていないのだと思います。
早朝から夜遅くまで働き通しで、そこにいても主人たちには「いる」という扱いさえしてもらえない、感謝の言葉もなし。
理不尽としか思えない扱いと思うのに、
彼らはそんな主人たちを心から大切に思い、自分の仕事に誇りを持っていることに驚き、その献身に感動すらしてしまいます。
カズオ・イシグロの『日の名残り』の初老の執事の姿がそのままここにありました。
あれは誇張された姿ではなかったのだ、と知りました。
きっと彼らのような有能で忠義に篤い執事が、当時のイギリスのお屋敷にはたくさんいたのでしょう。


また、時代背景。第一次世界大戦の前後、それから第二次世界大戦へと翻弄され続けるイギリスの人々の姿なども興味深いものでした。
戦争は人の命を奪っていく。
そして、生き抜いた人の心もまた残酷に奪っていくのだということ、痛々しく心に残りました。


階級差のはっきりしたイギリス。庭に湖を擁するカントリーハウス。きらびやかな紳士淑女のつどうパーティ。
数え切れない部屋部屋、ご主人、奥様、お嬢様。執事にメイドに侍女、従者。
上、下(階上の主人たちの住まいと、階下の台所や召使部屋)、という言い方であらわす境界線。
物語は、中島京子『女中譚』、カズオ・イシグロ『日の名残り』、サラ・グルーエン『サーカス象に水を』を
混ぜたようなイメージと思っています。
作中の三人兄妹たちの秘密の「ゲーム」に、『エリナー・ファージョン自伝』の子ども時代のあの魅力的で不思議な「ゲーム」が重なり、
グレイスの思い出のなかの子どもたちの姿に、なぜか、わたしまで懐かしい気持ちになってしまいました。
ことにハンナたちのあの美しい豆本にはうっとりしてしまいます。実際手にとってみてみたいくらい。


終盤が素晴らしかったです。予想していたことも期待していたことも、それからまさかの驚きもあり、強く心揺さぶられました。
その後は不幸だったのではないか、と思っていた何人かの人々の幸福な日々を知り、ほっとしてじんわりとしてしまいました。
・・・でも、過去の事実は、事実として厳然としてそこにある。
どんなに考えても変えることができない、と知りつつ、
いつのまにかそれが起こらなければ、と考えても仕方のないことをついつい思ってしまうのです。