精霊たちの家

精霊たちの家 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-7)精霊たちの家 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-7)
イサベル・アジェンデ
木村榮一 訳
河出書房新社


チリの類まれな一族4代にわたる物語。その間約100年。
類まれな、と言いましたが、これほどにてんでんばらばら強烈な個性を持った人々の集合体,に驚いてしまいます。
しかも専制的で貧富の差がくっきりとした地主制度時代から政権交代、軍事クーデター、独裁政治の時代へ、と激動する社会の中で、
それぞれがそれぞれの人生を、力いっぱい生き抜いた歴史でもありました。
なんという力強い物語なんだろう。


時代と人々。
そして、運命のいたずらなどから、何がどのよう結びついたり離れたり、その結果が後のだれかの人生にどのように関わっていったのか、
などなど、波乱に満ちた物語です。劇的で強烈な場面があちこちに配されています。
運命にもてあそばれ、波のように栄え廃れの、一家の歴史のなか、人々の逞しさが際立ちます。
ことに女性たちの個性とその生き生きした描写に圧倒されるのです。
クラーラとその孫娘(作者自身がモデル)アルバ。超自然的な記述もあり、
それが『精霊たちの家』というタイトルにも結びついているのでしょうが、
二人ともその頑固なまでの信念と、不屈さに、心動かされずにいられません。
また富み栄える者たちの驕りと下劣さに対して、これ以上ないほどの貧しさの中で暮らす人たちの純朴さが心に残ります。
そして、残酷な人も、下劣な人も、それだけではなかった。
厚みがあった。
生い立ちがあった。
それだから、物語のどの人も、読み終えてみればなつかしい。不思議になつかしい。
そんなふうに感じるのは、人々の描写が客観的で公平だからです。
作者は人間を好きなんだ、と感じます。
この物語は人間、そして人生に対する愛の物語なのだ、と感じます。


エピローグまできて、今まで目の前に現れては消えていったたくさんの人々がゆっくりと立ち戻ってくるようで、
なつかしくこみあげてくるものがありました。
一人ひとりの人が美質も欠点も、人生の中で犯した過ちも含めて、よみがえります。
誰を主人公にしても長い物語になりそうなくらい大きな物語をもって。
そして、それらの人々がみなゆっくりとまた目の前から消え去るのを見送りながら、
わたしたちの歴史、わたしたちひとりひとりの人生を思います。
この物語を構成する人々の人生の濃さには驚くばかりですが、たとえ、どんなささやかに見えてもやっぱり人生は人生。
それぞれの人生のかけがえのなさ、愛しさ。
そして、ひとりひとりの人生が連なり、遠い記憶になり、やがて忘れられてもなお脈々と続いていく私たちの歴史の遥かなこと。
名も忘れられた先祖たち、ゆかりの人々が、精霊となり、わたしたちを見守っていてくれる・・・
そうしたら残酷で辛い人生にも少し光がさすような気がします。
満ち満ちてくるこの思いはなんなのでしょう。
わたしもまた、遠い過去からつながり、遠い未来に送り出すたくさんの人々のひとりであり、
それだから、わたしのこの人生もかけがえがない、とどこかから愛を持って見守られているような気がするのです。