古書の来歴

古書の来歴古書の来歴
ジェラルディン・ブルックス
森嶋マリ 訳
ランダムハウス講談社


五百年前、ユダヤ教が絵画的表現を禁じていた時代に作られたという古書ユダヤ教写本サラエボ・ハガダーは、
美しい細密画と装丁に彩られていた。
こういう本が、今になって発見された、といわれれば、それだけで、いろいろなことを想像するじゃありませんか。
なぜ作られたのだろう。
だれがなんの(だれの)ために作ったのだろう。
どういう経緯をもって現代までうけつがれてきたのだろう。
ユダヤ人(ユダヤ教)への迫害の歴史をくぐりぬけて・・・


ただ、その本がそこにある、というだけでミステリなのでしたが、本は語る。
その本のページに付着した蝶の羽、塩の小さな結晶、薄い染み・・・という形に残された、歴史を。
古書の鑑定を引き受けたハンナ・ヒースの導きで、わたしたちは見落とし勝ちな本のなかの小さなヒントを拾っていく。
そして、古書は語りだす。古書鑑定家の知りえない歴史の一端を、きれぎれに。
まるでタイムトラベルしたように、古書を手にわたしたちは、歴史をさかのぼり、垣間見せられるのです。
人を救い導くはずの宗教を盾にして人々が人々にしてきた愚かで残虐な行為。
また、宗教を越えて、名もない人々が人々を救った偉大な行為。
さまざまな人々の手から手に祈りと思いをこめて渡されていった本。
身を引きちぎられるような思いで別れていった本。
人を生かすために犠牲になってくれた本。
血なまぐさい歴史の中で、非業の死を何度も見つめてきた本。
この本は、その時代時代で、少しずつ姿を変えながら、それでもえもいわれぬ美しさを保ちながら、ここまで生きてきたのでした。


古書が語る歴史、語られなかった歴史、語る人生、語られなかった人生・・・すべてが、この本の中に詰まっているのでした。
だから、黙したこの本も生きて、もしかしたら、自らの意志を働かせることもあるだろう。
博物館のガラスケースに、決して人の手の触れ得ないところに飾られることよりも、
ただ、この本に出会うべくして出会う人のために、めだたぬ棚のすみで待つことを選ぶこともあるかもしれない。
それがつかの間であったとしても。
もしかしたら、です。
そのために、この本のために、もしかしたら、もしかしたら、選ばれた人が、いるのかもしれない。
この本の意志のために喜んで動かされる人が。そんな気さえします。


思えば、この本を手に、この本を動かしてきた人たちは、だれひとり、この本を「自分のためだけに」と考えてはいなかったではないか。
伝えたい、残したい、というそれだけの思いに突き動かされたのでした。
その時代にはそれが犯罪であったとしても。
そのために自分の命を犠牲にするかもしれないとしても。
そうしないではいられなかったものは、この本のなかにある神の言葉、人々の祈りでしょうか・・・
扉ページの引用文が最後まで読んだとき、大きく浮かび上がってくるようです。


    >書物が焼かれるところでは最後には人も焼かれる
                        ――ハインリヒ・ハイネ


本が物語ることはどれもずっしりと重く居住まい正して向かいあわねば、という気持ちになるのですが、
あいだに挟み込まれた古書鑑定家ハンナの本に対する愛を感じる文章に出会うとき、なんともくつろいだ気持ちになります。
共感とともに。

>当然のことながら、書物は材料だけでできているわけではない。人の心と手による芸術品でもある。(中略)静まりかえった部屋にいると、ときに彼らが語りかけてくる・・・

>私は書斎――私の大好きな部屋の一つ、なぜならそこにある本のすべてに物語があるように思えるから――に案内lされ・・・