小さな雪の町の物語/小さな町の風景

小さな雪の町の物語小さな雪の町の物語
杉みき子
佐藤忠良 画
童心社


わたしは、このような雪深い町に住んだことはありません。それなのに、なぜ懐かしいのだろう。
この町の風景が、というよりも、ここに住む人々の、自分の町を愛する気持ちが懐かしい、と感じるのかもしれません。
そして、深い雪に埋もれながら、毎日しっかりと生活しながら、家を守りながら、「ただいま」といつか帰ってくる人を待っている・・・
きっと、待っていてくれる人がいることが、懐かしくうれしく感じるのかもしれません。


楽ではないだろう、深い雪の中の暮らし。
隣近所も、子どもたちも、この町を出て行った。
それでもここに残る、ここに骨をうずめたい、と思う。ここで生まれ、ここで生きてきた。うれしいことも苦しいこともあった。
この家に、この柱に、この畑に、この山の木々に、ずっと見守られ、静かに心通わせてきた。


そして、小さな小さな心の通い合いがある。物語がある。
・・・手に残ったゆずの香りであったり、山の中腹にともった灯であったり、木の枝に一つだけ残した柿であったり、言葉のほのかな訛りであったり、
そして、家の柱の中にこもった山の木の声であったり・・・
もし、気にしないでいたら、それらは、そのままそれだけのことでしかないのだろうけど。
でも、少しだけ立ち止まれば、見えてくる、聞こえてくる。
毎日暮らす町の、家の、そして行きずりにすれ違った人の、それぞれに小さなかけがえのないほんのり明るく温かい物語。
それはこの町に暮らす人々とこの風土とが深く混ざり合って生まれる小さな物語。
物語ともいえないくらい、ほんとうに小さな物語は、小さければ小さいほど、愛おしくて、懐かしくて、嬉しく沁みてくるのです。


時間に追いかけられるようにばたばた忙しく暮らしてきました。でも、ここには、ずっと変わらずにある風景、変わらずに残る物語・・・
ここにあるよ、ここにいるよ、と背中から声かけられたら、きっと元気に顔をあげられるような気がする。
もしかして、忙しい暮らしをしてきたのは、まわりのせいばかりではないかもしれません。
私自身がいつのまにか余裕を失っていたのかもしれません。
もっとゆっくり、日々を、大切に大切に生きていくことだってできるのかもしれない。
ほんの少しだけ立ち止まって回りを見回し、周りの音を聞き、その日出会った誰かのことを考えてみたい。
そしたら、この風景は、ただの懐かしい風景ではなくなる、そんなことを思った。


たぶん、この町を通して、わたしは自分のふるさとを見ている。そして、子どもたちにとってふるさとになるはずのこの家を見ている。

小さな町の風景 (偕成社の創作文学 (44))小さな町の風景 (偕成社の創作文学 (44))
杉みき子
佐藤忠良 絵
偕成社


「小さな雪の町の物語」から続けて読みました。どちらも、作者の住む新潟の高田市をモデルに書かれたものだそうです。
「小さな雪の町」は真冬の物語ですが、こちらは四季折々の町の表情とそこに篭った物語を伝えてくれます。
そして、「雪の町」がどちらかといえば大人の物語であるのに対して、こちらは少年少女の物語です。
どの物語の主人公たちも名前のない「少年」「少女」。
名前がないけど、知っている誰かの話かもしれないし、もしかしたら、自分自身の話かもしれない、そんなふうに思う物語なのです。


道の両側の電信柱が花いちもんめをする、海岸のテトラポットが並んで合唱をする。
真っ暗闇の夜道を帰る少女が歌いながら通り過ぎるまで、黙って明かりをつけて店を開けておく八百屋さんがいる。
そして、父といっしょに山を登る少年が、山に登る道に下ることが組みこまれていることの不思議さに気がつく。
この小さなスケッチのような物語たちは、あるときはなぐさめであり、共感であり、励ましであり、
暗闇の中に見える小さな明かり(近づいてみればそれは明かりではなくて月見草の花であったと気がつくほどの小ささ)でもあるのでした。
どれもほんとにささやかなのに、しっかりと心に届きます。


作者あとがきのことばに、
「これはなにも私の町にかぎったことではありません。どんな町でも、どんな村でも、それを聞きだし、見つけだそうとする心さえあれば、身のまわりのすべての風景が、いつも声のない声で語りかけてくれているのがわかるでしょう。私の小さな町は、みなさんの小さな町でもあるのです」
とある。
ああ、やっぱり。やっぱりそうだったのですね。だから懐かしいんだ。
風土に根付くこと、風土を愛すること、それはこういうことなんだろう。こういう物語が生まれるということなんだろう、
ちゃんとした「物語」の形になってもならなくても。
この町の物語は、よく知っている。
この町は、遠い過去にあるのではない。私の中にきっとある。ずっと忘れかけていたけれど、ちゃんとある。
それを確認しながら、よしよしと顔をあげて、今日も明日も、この町で、地道に、着実に、暮らしていこう。