秘密の花園

秘密の花園〈上〉 (岩波少年文庫)秘密の花園〈下〉 (岩波少年文庫)秘密の花園〈上〉
秘密の花園〈下〉
フランシス・ホジソン・バーネット
山内玲子 訳
岩波少年文庫


秘密の花園」に初めて出会ったのはいつだったでしょう。
子どものころのいつか・・・それほど印象に残るような出会い方をしていませんでした。この本の良さに気づけなかったのです。
あらすじくらいは覚えているけれど、細部はすっかり忘れていたし、特に改めて読みたい、とも思わずに今日まで来ました。
今になって、この本を読もうと思ったのは梨木香歩さんの「『秘密の花園』ノート」(岩波ブックレット感想はこちら)がきっかけでした。
梨木香歩さんが丁寧に丁寧に物語の結び目を解いていくのに感動しつつ付いて行き、そんなに魅力的な物語だったのか、と驚きました。
そして、ああ、ちゃんとこの物語を読んでみたい、と強く思ったのでした。


「『秘密の花園』ノート」の一節一節を思い出しながら、この本を読みました。
最初の、へびとわたしのふたりだけ・・・のところから、特に動物の登場場面は、いちいち気になりました。
だけど、ただ、ノートを辿る、というのではなくて、いつのまにか物語のなかにからめとられていきました。
素晴らしい本でした。こんなにおもしろくてこんなに素敵で嬉しい本だったなんて。
あらすじは知っている!・・・こういうことに何の意味があるでしょうか。
あらすじは知っている、なんて平気で口にしていたことが恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなくなりました。


どうにも手のつけられないくらい心を閉ざし、ひねくれて育ってしまった少女と少年。
これは扉に鍵をかけられて荒れるに任された庭と一緒。
この庭の再生と子どもたちの心が健康になっていく様子がオーバーラップして、大きな感動へと導かれるですが、
それと同時に、この物語の魅力はその過程のあれこれの小さな場面場面にありました。

ミスルスウェイトのお屋敷(百も部屋があるというお屋敷の探検場面も楽しいのですが)をとりまくヨークシャ地方のムアの広がりの気持ちよさ。
寂しい場所にしか思えなかったムアなのに、やがて、たくさんの生命を育む美しい場所であることに気がついてきます。
その気づきの過程がとても美しくて。


子どもたちが「魔法」と呼ぶさまざまな奇跡。
土の中の球根が冬のさなかに芽を出して、やがて花を咲かせる、これは奇跡、魔法ではないか。
枯れて死んだように見えていた木々も、新しい枝をのばし、薄い緑のベールのように新しい葉を茂らせていく。やっぱり魔法です。
当たり前のように見過ごしていた自分の身のまわりのひとつひとつが美しく不思議な喜びであることを実感させられるさまざまな場面。


メアリが、はじめて、「秘密の庭」にディコンを招じ入れたところも好きです。二人でどんな庭にしようか、と相談するところです。
「この庭を、庭師のつくる庭みたいにはしとうないな。ぜんぶきれいに刈り込んだりするの、いやだよね? 今みたいに、いろいろなものが伸びほうだいになっとったり、ゆらゆら揺れたり、からみあったりしとるほうがすてきじゃね」
「きちんとした庭にはしないで。あんまりきちんとしていたら、秘密の庭みたいじゃなくなるもの」
読んでいてわくわくしました。


印象的な、子どもたちが春の到来を感じる場面。
春の到来をつげに「きたのよ!きたのよ!」とコリンの部屋に飛び込んできたメアリ。
このときのことをコリンはあとで「まるでなにかが大きな行列を組んで、歓声や音楽にのってやってくるように聞こえたんだ」と言いました。
これから先、わたしにはイギリス・ヨークシャの春は、そんな輝かしいイメージで思い浮かべることでしょう。
ある朝、黄金のトランペットを吹き鳴らして、よろこばしく春が行列になってやってくる・・・
こうした生命の息吹く魔法の中にいれば、人間もまた魔法にかかるのだ、と自然に信じられるのです。

>太陽が照っている――太陽が照っている。それは魔法だ。花が育っている――根が伸びている。それは魔法だ。生きていることが魔法だ――強いことが魔法だ。魔法がぼくのなかにある――魔法がぼくのなかにある・・・・
それからメアリとコリンが理想的な「良い子」ではないこともよかった。
とくにふたりのけんかの場面のやりとりは、小気味よくおもしろいです。
ほんとは、こんなふうになるまでに子どもを放置した大人たちに腹がたつけど。
彼らが、この環境とサワビー親子の直接・間接的、両方からの愛情深さに支えられて、光のなかに歩みだしたとき、
「魔法」に手遅れはないのかもしれない、と思いました。


ところで、「秘密の花園」ってほんとは何なのでしょうか。誰の心にも、きっとあるもの。
内と外としっかり隔てられ、鍵をかけられ、忘れられたとしても、死なない花園が、わたしたちのなかにもちゃんとある、
そこには世話されるのを待ちながら、今年も芽をふこうとしている植物がある。秘密の花園は、心です。
メアリの、コリンの、そしてクレイヴン氏の、閉ざされた心です。
閉ざされ、忘れはてられているけれど、決してなくならない心、あたたかく血の通うのを待っている心です。


わたしも庭仕事したくなりました。少しずつ春が近づいています。
メアリたちの庭には遠く及びませんし、ディコンの腕前(心)にはさらに及ばないのですが、気持ちを少しだけまねさせてね。