海の深み(ステフィとネッリの物語3)

海の深み―ステフィとネッリの物語〈3〉海の深み―ステフィとネッリの物語〈3〉
アニカ・トール
菱木晃子 訳
新宿書房


ステフィとネッリの物語3巻目は、前二巻よりさらに内容は濃く、深く、印象に残る場面や言葉が多かった。
思わず息を呑み、ため息をつき、物語にのめりこむようにして読みました。


「睡蓮の池」から二年がすぎ、ステフィ15歳、ネッリは10歳になっていました。
小さかったネッリもそろそろ思春期の入り口に差し掛かっている頃。
やさしい家族、友人にも恵まれ、すぐにこの島になじんだように見えたネッリだったけれど、
彼女もまた、難民の子として、苦しんでいたのでした。ステフィとは違う意味で・・・
父母のもとを離れたのは七歳のとき。幼いネッリには、ステフィほどに確固とした父母のイメージがあるわけではないし、
ウィーンで当時起こっていたことも、子どもたちをよそへやろうと決心した父母の選択の意味も、心から理解できないのも無理はないです。
唯一頼りにしていた姉とも引き離され、
たったひとりぼっちの少女が、ここで生きていくために必死でまわりに順応しようとしたことを思うと切なくなってしまいます。
彼女としてはほんとに必死でした、精一杯だったのだと思います。
その気持ちを一番汲んで欲しい姉には「父母を、母国語を忘れるな」と会うたびに言われ続けたら、疎ましく思うのも無理はない。
反発するのも無理はないです。
「だれにもどうすることもできないことなら・・・。それはいったいだれのせいなの?」というネッリの問いかけはあまりに苦しすぎます。
答えられる人なんて誰もいない。


一方、ステフィもまた、ずっと苦しんでいたのです。
自分のことだけでも精一杯なのに、妹のことを気に掛け・・・手が回らないことを悔やみ、自分を責めて・・・
そして、大人と子どもの間で揺れながら、少しずつ大人になっていきます。
彼女の将来について、育ての親メルタがしてくれたこと・してくれなかったこと・彼女の意見に反発を感じますが、
ビョルグ先生のアドヴァイスにより、自分の力で自分の将来への扉を開けることに成功するのです。
先生はこう言います。「あなたはもう十分、大人なのだから自分のことには自分で責任を持たないとね」


子どもを深く愛していて、子どもの幸せを心から願っていても、
親は自分の狭い価値観から、どこかで子どもの将来にブレーキをかけてしまっていることがあるのかもしれません。
私自身も若いときには親に対して感じたものでした。
でも、今になって思えばそれも仕方のないことなのかもしれない、と思います。
親は、子どもに幸せになってほしい、良い人間になってほしい、と願い、その方法は、自分の経験からしか得られないのです。
でも子どもは、危なっかしいながらも、手探りで自分の道を探し出そうとする。そうして、おとなになっていく。
メルタがステフィのことを小さいときのまま「あの子」と呼ぶことにステフィはちらっと反発を感じるけれど、
親はいつまでたってもただ親でしかないのだ、と今、親である自分を振り返って思います。
でも、それでいいのだ、と、それが親なんだ、と、そんなふうに思うのでした。
そして、子どもが自分の力で自分の道を切り開いていくなら、せめて後方から見守りたい。
もしかしたらずーっと変わらない、変えることのできない親の愛情が、無性に恋しくなるときがくるかもしれない。
だから親は変わらずここにいて、ただ子どもを後ろから見守っていたい。


もう小さい子どもではない、かといってまだ大人になりきってはいない。
それだから、いろいろなことを考え、悩み、少しずつ自分を作り上げていく。
その途上には大きな罠も口を開けている。罠に足をすくわれたヴェーラ・・・
また、ウィーン時代の同級生ユディス。
彼女の今日までの困難な道のりは、この時代、この国に住む他の難民の子どもたちにも降りかかったことかもしれません。
里親は、メルタやアルマのような人たちばかりではなかった。ステフィやネッリは、そういう意味では幸運だったのだ、と思います。
ユディスは苦労したぶん頑なですが、自分をしっかり持っている。ユダヤ人としての信仰と誇りは決して揺るがないのです。
ステフィはユディスとの出会いにより、
あやふやだった自分の立場、今いる場所を捨てることが怖くてはっきり言うことができなかったものがあることを悟ります。
自分自身が何者になろうとしているのか、さらに踏み込んで考えている。

>あたしはどうかしら? とステフィは思った。あたしはなにを持っているの? あたしは、だれなの? いったい、だれになるつもりでいるの?
ステフィが、キリスト教を捨てる、と言ったことは、つまり、真剣に自分自身と向き合う決心をしたということでした。
ごまかすことをやめるということでした。


テレジン収容所から届く父と母からのはがき。
30語という制限を受けながら、そのわずかな語数いっぱいに、娘への愛を篭めたはがきに胸がいっぱいになるのです。
そして、予想はしていたけれど、ああ、とうとう・・・
それでもあえていえば、ひとりぼっちじゃなかったこと、ステフィの周りの人々の深い愛情にしみじみと暖められるのでした。
そして、ネッリのステフィに対する気持ちが和らいだこと、姉妹が並んで心静かにすわることができたことを喜びたいと思うのです。


収容所からのはがきが途絶えた。戦争は終わりかけている。
そして、次はいよいよ最終巻です。