睡蓮の池(ステフィとネッリの物語2)

睡蓮の池―ステフィとネッリの物語睡蓮の池―ステフィとネッリの物語
アニカ・トール
菱木晃子 訳
新宿書房


ステフィは、13歳、中学生になり、イェーテボリで新しい生活が始まりました。
多感なころ。初恋、憧れ、友情・・・良い出会いがあり悪い出会いがあり、いろいろなものが成長の糧になるころ。
きっと生涯大切に友情を育んでいけるだろうと思う親友と出会い、
都会ならではの誘惑にも、ときには負けて苦い経験をしたり。
恋の、ひたむきで甘やかな思いも、そこから生まれる利己的な思い込みや嘘など・・・
はらはらしつつ、苦い気持ちで振り返る自分の過去に重なります。
おとうさんからの手紙を読み
「パパは必ずしも正しくない、必ずしもあたしにとって最善ではない」ということを生まれて初めて知って寂しい気持ちになる場面もありました。
どれもこれもみんなこの年頃の少女らしい感情で、みんな若い日の自分自身にも覚えがあることばかりです。
急激に変わっていく環境や、自分のなかのいろいろな変化に苦しみもがき、世界の広がりにとまどう時期なのだろうと思います。
もしも戦争がなかったら、ずっと家族が一緒に暮らすことができたなら、父や母に対して感じる溝はもっともっと大きく広がり、
たぶん激しくぶつかりあったかもしれません。


普通ではないのでした。
ナチ支配下のウィーンで、ユダヤ人として迫害を受けている両親を思いながら、
遠く離れて「難民の子」として、特別の位置にいるしかなかったステフィの気持ちが細かく描かれていて、痛々しくて読むのが苦しくなりました。

>・・・ママの匂いと柔らかい頬が恋しかった。パパの温かい手と優しい声が恋しかった。
何よりも今、ステフィの心にのしかかっているのは、二人に対する良心の呵責だった。
あたしは毎日おなかいっぱいものを食べ、イェーテボリの町の中心の、電気のともる暖かい部屋で暮らしている。パパとママが、そして親友のエヴィやほかの友だちがおなかをすかし、寒さに凍えているというのに。(中略)
ステフィには、パパとママがウィーンにいて、ネッリと自分がスウェーデンにいることが、頭では最善と理解できても、正しくないことのように感じられた。


>どうして、あたしはいつも不安を抱えていなければならないの? ほかの女の子と同じように、学校の成績や鼻が低いとか曲がっているとか、そんなことだけを気にしていられないの? どうして、パパとママはあたしをここに送り出したの? それが、あたしにとって最善とはわかってはいるけれど……。 それでも、なぜ……。


>・・・メルタとマイはあまりに違いすぎるけれど、意外と煮ているかもしれないと思った。正義感が強く、勇気があり、信頼がおける。二人とも、自分がなにをしたいのかをよく知っている。他人がどう思うかをあまり気にしない。
二人のようにいられたら、どんなに気持ちがいいだろう、とステフィは思った。いつも自分が感じている不安や迷いから開放され、あれこれ思い悩まず、他人に迎合しない。そして、おそれを感じずにいられたら。

ステフィの気持ちを拾っていくと13歳の少女にのしかかる重荷がたまらないのです。
ことに、両親にアメリカ行きのビザがおり、出国できそうだ、との手紙が届いた後、
ふっつりと連絡が途絶えたまま迎えた不安でいっぱいのクリスマスと新年はたまりませんでした。


そして、イェーテボリの暖かい家、とステフィはいうけれど、難民としてここにいることもまた彼女を苦しめていました。
彼女を助けることを「施し」のように感じている医師夫妻に対して抱く複雑な思い。あからさまにユダヤ人難民を嫌う一部の教師たち。
スウェーデンで生まれ育った、同族であるはずのユダヤ人少女からも反発を受けます。
難民としてのステフィの存在に「いっしょにしないで!」と。


・・・だからといって、お涙頂戴の物語ではないのです。
ほんとうにいろいろな人がいる。そのなかで揉まれ、何かが起こるたびに立ち止まり、ステフィは成長していくのです。
マイやスヴェンのような社会主義に傾倒した子達(マイの正義感は気持ちがいい、かっこいい)、
裕福な生活をしたいと夢見るヴェーラ、
そして、ふわふわと恋話に花咲かせるリリアンやハリエットのような子たち。
教師にしても、ステフィに偏見を篭めて意地の悪い目を向ける先生がいる一方で、担任のビョルク先生の温かいまなざしはうれしいのです。


それから、メルタ夫婦とステフィの温かい信頼関係もほほえましい。
第二の故郷のようになった島の家の清潔さが、なんとも気持ちよく、そこへ帰るとほっとするのです。
一方で、ひっかかりがあるのはステフィの洗礼のことです。
前作「海の島」で、ステフィとネッリはメルタたちの教会でペンテコスタ派として洗礼を受けるのです。
ユダヤ人で、ユダヤ教徒の子なのに。なんだか性急すぎるようで、この選択はメルタらしくないような気がしました。
そのため、中学生になったステフィの、島を離れての行動が、島に、とんでもない波紋を投げかけたりもし、
ステフィをおおいに戸惑わせるのですが、今後、この問題はもっと大きくなっていくのではないか、と思います。
ステフィ自身が何者になろうとしているのか、どこかではっきりとした答えを出さなければならないときがくるのではないかと思いました。