海の島 (ステフィとネッリの物語1)

海の島―ステフィとネッリの物語海の島―ステフィとネッリの物語
アニカ・トール
菱木晃子 訳
新宿書房


第二次大戦時、
スウェーデン政府は、救援委員会が里親を募ってドイツおよびオーストリアからユダヤ人の子ども500人を受け入れることを許可したそうです。
ステフィとネッリの姉妹も、このとき、ウィーンから長い旅をして、スウェーデンにやってきたのでした。
彼女たちがひきとられたのは西海岸の漁業を生業とする小さな島です。
華やかな大都会で、医者の父と元オペラ歌手の母のもとで裕福に育った二人が、
この島の匂いや寂しい港の様子を不安いっぱいに見回す姿が印象的です。
おまけに二人一緒に暮らせるはずだったのに、近所ではあるけれど別々の家庭にひきとられることになったのでした。
「この世の果て」とステフィはつぶやいたのでした。


妹のネッリは七歳で、
人当たりの良いアルマおばさんのもとに温かく迎えられ、あっというまに環境になじみ、スウェーデン語もどんどん上達していきました。
でも、姉のステフィを引き取ったメルタは、無口で、贅沢や宗教音楽以外の楽しみを退けるような厳格な人で、なかなかなじめないのです。
でも、メルタの厳しさは筋が通っていて、
不正に対してはきっぱりとした態度をとり、厳しいなかにも深い愛情で、ステフィを育てる一方、養い児をどんなにしても守ろうとしてくれる人です。
メルタの夫のエヴェルトは漁師で、遠くまで漁に出かけ、家にいることは少ないのですが、
その温かく包み込む静かな優しさに、ステフィは最初から信頼を寄せていきます。
ふとマリラとマシューに引き取られたアンを重ねました。もっともステフィの境遇はアンよりずっと深刻で苦しいものでしたが・・・


スウェーデンは戦時下、中立国としての立場をとったそうですが、その中立のなかでの一般市民たちの暮らしは厳しいものだったようです。
当然ナチス寄りの考え方の人たちはたくさんいたし、
あからさまに口にしないだけでユダヤ人に対して偏見を持っている人たちはたくさんいたのです。
そんななかで、500人のユダヤ人の子どもたちを受け入れ、養い親になった人たちの尽力に頭がさがる思いです。
親元を離れ辛い思いをするネッリやステフィのような子どもたちの痛みには胸ふさがるような思いなのですが、
この子達を自分の家族として迎え、わが子のように大切に育てるメルタやアルマのような人たちを支えてるのは信仰心でしょうか。
決して裕福な人たちではありません。むしろ貧しい。
並大抵のことであるはずはないのです。
だれにでもできることではないのです。
それは、オランダでフランク一家を匿い、援助しつづけたミープ・ヒースさんやその仲間たちの姿にも重なり、
この国の大人たちの姿勢に圧倒されました。


この島で暮らす一年間。
ステフィは十二歳。思春期の入り口で、もういろいろなことがわかりすぎるほどにわかっているのです。
わかるからこその痛みが読んでいて辛くて仕方ありませんでした。
ウィーンに残った父母が置かれた厳しい状況もわかっています。
それから、ユダヤ人としての差別(と、はっきり書いてあるわけではないのですが、そうなんだろうなあ、と匂わせる場面がそこここにありました)、
教室の女王によるいじめ・・・ステフィは敏感に感じ、傷つき、ときには打ちのめされるのです。
彼女の傷ついた心、不安でたまらない気持ち、孤独、寂しさ、夢をあきらめなければならない無念さなど、ほんとに抱きしめたい。
メルタは感情を表に出す人ではないのです。
それだから子どもはなじむのに時間がかかる。その分、愛情にも信念に近いものがあり、揺るがない安心感があります。
彼女の愛情は信頼できるのですが、
これまで、絶えず抱きしめられたり髪をなぜられたり優しい笑顔で話を聞いてくれた母のもとで育った子は、とまどうし、辛いでしょう。
ウィーンの両親を懐かしく思い、帰りたい、と願った最初のころ。
その後、どんどん戦況が悪くなって行くに従い、ウィーンで辛い生活を余儀なくされている父母を案じ、
なんとか出国させたい、救いたいと願い、行動に移そうとするステフィの健気さにはたまらない思いです。
このような形で成長しなければならない子どもの姿が不憫でした。


けれども、そんななかでも夢を追いかけようとして、一生懸命勉強するステフィの克己心に打たれますし、
その賢さと勤勉さが、いったん絶たれたように思えた自分の道を切り開く。
そんなステフィに対して、実は、気になるのは妹のネッリのほうでした。
ステフィ中心に書かれた物語で、妹のネッリは脇役に回っているような感じですが、
わたしは、彼女のことを、姉のステフィとともに気を揉んでいました。
母国語を忘れ、あっというまに島の暮らしになじみ、友だちに囲まれ、屈託なく楽しいことを追いかけていくネッリ。
七歳で、見知らぬ土地、言葉、人々の中で、たった一人の肉親でもある姉とも離されたこの子にとって、
そうならななければ、壊れちゃったかもしれないと思いますが、
その一方で、彼女が大きくなったとき、彼女は一体どこの国の人になるのでしょうか、何人にもなれないのかもしれない。
そんなことを思ってしまい、なんともいえない気持ちになるのです。


ステフィの日々のこと、気持ちなど、あまりにリアルなので、もしかしたらこれは実話?あるいはモデルがいるのでは?と思ったのですが・・・
フィクションなのでしょうね。
この先、二人がどうなるのか、そして、ウィーンにいる両親はどうなるのか・・・
続巻、後3冊、手元に持っています。続けて読みたいと思います。