クリスマスの木

クリスマスの木クリスマスの木
ジュリー・サラモン
中野恵津子 訳
新潮社
★★★


ロックフェラーセンターの造園管理部の部長である「わたし」は
毎年、クリスマスツリーのための完璧な木をさがすことに四苦八苦している。
その木は、高さ、枝ぶり、しなやかさなどのほかに、、単なる美しさ以上の何かが必要なのだ、といいう。
そして、あるとき、気品をたたえた素晴らしい木にめぐりあいます。


ロックフェラーセンターのクリスマスツリー。
テレビや映画でしか見たことのないあのツリーのために、こんなに大変な努力をしていたのか。
そしてその木は、自然の中の生きている木から選ばれてつれてこられていたのか。
アメリカって大きな国だなあ。その文化も大雑把で大掛かり・・・
一年にたった一月ほどの「おまつり」のために、
これだけの選び抜かれた見事な木を惜しげもなく伐り、使いきってしまう、というのですから。
まだ、バイオリンになった、とか言うのなら、気持ちとしてはついていけるのだけれど。
私はちまちました人間です・・・。
これは文化の違いでもあるかもしれない。
私の周りにはクリスマスツリーをそこまで大切に考える伝統がないのですが、
欧米の人たちにとって、クリスマスツリーには深い思いいれがあるのでしょうね。
そしてニューヨークのロックフェラーセンターのツリーともなると格別の思いが。


さて、「わたし」がみつけた木は、ある修道女の友だちでした。
それは、ほとんど彼女の魂の双子のようなものだったのです。
彼女のこの木「トゥリー」に寄せる気持ちが、彼女の生い立ちと共に静かに語られます。
静かな美しい風景のなかの修道院。木はひたすらに黙って立っている。
しかし、孤独な少女だった彼女が心を開くことのできた最初の友達。
木に気持ちを通わせながら、ともに思いを分かち合える友だちがいる喜びを彼女は語ります。
青空の下。ときに小鳥をその腕にとまらせ。ときに嵐に吹きすさばれ。重たい雪を枝枝にずっしりと抱えて。いつも黙って立っている。
その木とともに語り、歌い、泣き、そして、そこから、ほかの木や草や花、小鳥たちにまで心を広げていく。
木といっしょにいることが彼女の幸福。なんて豊かな光景だろう。
そして、木はやがて、老いてゆく。修道女とともに。


何年もの葛藤の末、彼女がこの木をクリスマスツリーとして送り出す場面は、胸が痛みます。
最愛の子を手放す母親のよう。
彼女は、木が死んでしまう前に、華やかな世界に送り出してやりたかったのだろうか。
それは、華やかなことなど何も望まなかった修道女の生活とはまったく別の世界だっただろうに。
彼女はなぜ、自分の求め得られた豊かさと別のものを、愛する木のために求めたのでしょうか。


最後の修道女の手紙がいいです。
まるで、木がシスターに手渡したプレゼントのよう。
木とシスターが二人だけで内緒で手渡しあった静かで美しいクリスマスプレゼントのようでした。