郊外へ

郊外へ (白水Uブックス―エッセイの小径)郊外へ
堀江敏幸
白水社
★★★


本全体が色彩のない世界のように感じました。
モノクローム
パリ郊外――「へり」と呼ぶそこは、中心の華やかさ、にぎやかさ、上流感、などからはがらっと変って、
庶民的というより胡散臭くて、静かに何かがよどんでいる。閉塞感もあるのだけれど、そこに独特のほっとする空気が流れている。
そんな風景の中、詩や物語の引用を交えながら、
そこで出会った人々との、暖かいといえば暖かいし、少し妖しげなやりとりをはじめとするさりげない日常がある。


好きなのは一作目の「レミントン・ポータブル」。
古いタイプライターになぜそれほどに惹かれるのか、というその思いも、このタイプライターとまさに出会うべくして出会った感じ、
いいなあ、と思うのですが、もっといいのは、それを描く文章があまりにさらっとしていて、抑えられていて、
「いいなあ」なんて言う自分が思わず恥ずかしくなってしまいそうな、白っぽい感じ(?)の文章にあこがれます。
そのタイプライターの修理屋もいいです。その修理屋が住む町も。
以前読んだ「パリ左岸のピアノ工房」の最初のほうをちょっと思い出しています。
優れた職人が本当にさりげなく、誰からも目を引かなそうな町の横丁で、こつこつと仕事をしている感じ・・・
そして、この一作目で出会ったタイプライター「レミントン・ポータブル」が最後のエッセイでまた出てくるのも印象的。
このタイプライターの癖さえも楽しみながら、手紙を打っている「わたし」。


ここから旅への憧れが募るわけではなく、強い感情が湧いてくるわけでもなく、
あまりにさりげなくて、このささやかな物語そのものが何かの背景のように感じました。
この背景の中に、誰を置いても、どんな言葉をおいても、きっとすうっとマッチするようなそんな地味な物語、
しかもとても美しい静かな言葉で・・・不思議だな。
で、つまりそういうところが「郊外」ってものなのかもしれない、それもパリの、
とわかったようなわからないようなことを思っています。