掌の小説 川端康成 新潮文庫 ★★★★ |
短いのは2ページ弱。長くても5〜6ページの物語は、でもショートショートという軽い言葉は似合わない。
掌の小説って、なんて相応しい名前なんだろう。
ああ、日本語っていいな、と思う。
ゆるぎない美しさ。土台がしっかりしていて、あやふやさがない文章。こんなに安心、信頼できる文章、なかなかないかもしれません。
それが、昭和初期の風物によく似合います。
そして、書かれた物語は、なんとまあ多岐にわたっていることでしょう。
人の心の闇をのぞいた気持ちになる「時計」や「金糸雀(カナリヤ)」は最後の一行にぞおーっとしてしまう。
「火に行く彼女」には圧倒されました。夢の物語であるけれど、これほどの激しい拒絶には言葉もありません。
こんなに短い物語(わずか2ページ)なのに、100倍の言葉の凝縮があるようで・・・
「海」は故郷へ帰ろうとする女性の物語。
やるせなくて、暗いはずのこの物語に、民話の「羽衣」を思い出しています。海が切ないくらい美しいです。
会話体の物語で、心情はまったく書かれていないのに、手にとるように伝わってくる悲しみとあきらめ・・・
「夏の靴」「日本人アンナ」は鮮やかな色彩を感じる作品。
「夏の靴」では、草の上の白い靴、駆け去る後ろ姿が、まぶしいくらいに目に焼きつきます。
「日本人アンナ」は、ロシア人少女の美しさ。表情の魅力。しかもスリの名人ときては、見事すぎます。
正体不明で、第三者の観察だけで書かれているのもいい。
これ、一番好き。
それから、爽やかで気持ちのよい物語。
「ざくろ」や「小切」の純情さが美しい余韻を感じます。長い物語の一場面のよう。
「小切」なんて、最近読んだ北村薫の「鷺と雪」の中の一場面として挿入されても違和感ないような感じ(年代は微妙に違いますが)
・・・なんて書いたら、どちらの作家にも失礼かな・・・
掌の小説は、さまざまな余韻を残して終わります。この短い物語は、これだけで完結するから潔さとともに、
この小さな物語の先に大きな物語の裾野が広がっていることを感じます。
不気味な話も凄い話も、エロチックな話も、爽やかな話も、どれもみんな人間の奥深い部分を取り出した物語でした。
100編以上の物語、いっぺんにぱらぱらと読んでしまいました。
でも、本当は、大切にいつまでも傍らに置きながらゆっくり読まれるべき本なんだ、と思います。
そう思うと、この感想は恥ずかしいのですが。