猫の帰還

猫の帰還猫の帰還
ロバート・ウェストール
坂崎麻子 訳
徳間書店
★★★★★


1940年春。空軍パイロット、ジェフリーの出征に伴い、妻のフローリーは飼い猫ロード・ゴートを連れて田舎に疎開した。
だが田舎の家になじめないロード・ゴートは不思議な第六感に導かれ、ジェフリーを求めて旅を始めた。
転々と居場所が変わる主人を追って、猫は、さまざまな人に出会い飼われながら旅を続けていく・・・・(カバー裏のレビューより)


黒猫ロード・ゴートは旅の途上で、さまざまな人間たちと関わりを持ちます。
人間が何を言っているのかなどわからないけれど、
優しい言葉と苛立った雰囲気はかぎ分けられるし、食べ物があるところと危険なことが起こりそうな予兆には敏感です。
そして、猫好き人がこんなにたくさん・・・いるんですね。
この野性味あふれた逞しい猫を、わたしもいつのまにか好きになっています。
かわいい、という感じじゃないんです。
「よっ、相棒!」と呼びたいような猫。ハードボイルドな猫なのです。
ロード・ゴートに出会った人々は、
計らずも彼女(猫は雌)の勘に助けられたり、その後に起こる惨劇に怖け、
そのときどきで「幸運のシンボル」と呼んで大切にしたり、「悪魔の使い」と避けたりします。


ロード・ゴートが出会う人々はみな名もない庶民です。
戦争で夫を失った未亡人、障碍のために出征することもままならず誇りを失い自分の運命をのろっている青年、
財産もなく愛する人もなく軍隊こそ自分の生きる場所と決めている軍曹、まだ少年と言えるほどの孤独な一兵卒、
空襲により一夜で何もかもを失った避難民・・・
彼らはみな、それぞれに形はちがいながらもなんらかの空しさを感じているのです。
あるときは失意の中で、またあるときは空しい日常の中で、
猫に出会い、猫に出会ったことがきっかけになって、心のどこかのスイッチが入ったようでした。
追い詰められ、うちのめされ、どん底に沈められ、それでも沈みっぱなしではない、
きっかけさえ掴まえれば、底を蹴って浮かび上がろうとする力を得る、希望を見出し、生きようとあがくその姿に感動するのです。
人間ってたくましい。


一方で、ロード・ゴートの飼い主ジェフリーが、休暇を得て、妻のもとに帰ってくるたびに、
その姿だけではなく、その内側までもが、もはや愛しい夫ではなくなっていることに愕然とし、不安になる妻。
戦争の悲惨さが人間をどのようなものに変えていくのか、ぞっとしました。
恐怖以外の何者でもありませんでした。


空襲で町ひとつが一夜のうちに焼け野原となり、着のみ着のままに、おなかをすかせ、足をひきずって歩き続ける避難民たち。
その道をさえぎって止め、その前を悠々と馬に乗って笑いさざめきながら通っていくきらびやかな服装の男女は、狐狩りの特権階級たち。
避難民など見えていないかのように振舞う。
まるで二つの異次元空間がここで混ざり合ったようなこの異様さに、怒りよりも何よりも呆然とし、
じわりと湧いてくるのはやはり恐怖なのでした。


ラストシーン。暖かく満たされてまどろむロードゴート。静かに平和に物語は閉じます。閉じるかに見えます。しかし・・・
「夢の中で、ロード・ゴートはネズミを追いかけている。どこの国のネズミでもかまわなかった」
ラストの二文がこれでした。
ネズミも庶民たちも、どこの国もみなさほど変わりはないのでしょう。
戦争とはなんと馬鹿馬鹿しい(そして恐ろしい)皮肉なんでしょう。