最終目的地

最終目的地 (新潮クレスト・ブックス)最終目的地
ピーター・キャメロン
岩本正恵 訳
新潮クレスト・ブックス
★★★★


しんとした静かな湖に小石を落とすと、そこから波紋が大きく広がっていく。
どこまで遠くまで広がっていくのだろうか、どこまで深く伝わっていくのだろうか。
湖は、4人の男女。
彼らは、亡くなった作家(たった一作しか作品を世に出さなかったが、その作品が秀逸であった)
の遺言執行者――作家の兄と作家の妻と作家の愛人。それから、作家の兄のパートナー。
彼らは、特に日々の暮らしに満足しているわけではない。
でも何が足りないのか、何に満たされていないのかわからないし、別に自分は不幸ではないし、
人生なんてそんなものだろう、という感じで、まあまあ普通に暮らしていました。
小石は、オマー・ラザギという青年。
彼は大学の職員で、作家の伝記を書こうとしています。
そのために、3人の遺言執行人から「公認」をもらいたいと思っている。もらえないと今の地位を失う。
遺言執行者たちのもとにオマーの手紙が届いたときから、
そして、オマー自身が彼らのもとに現れたときから、4人の静かな生活は波打ち始めます。


このオマーという青年が、なんというか・・・学者としてはまあまあなんでしょうけど、
どこか愚鈍で、不器用で、詰めが甘くて、意味もなく楽天的なくせで、ぼこぼこ穴だらけで(笑)
・・・そのくせ、愚直な誠実さがほほえましかったりするのです。
彼の存在は、どこか相手をほっとさせ、素直にさせるものがあるような気がします。


彼と接するあいだに、四人は、今までのぞいてみようとも思わなかった自分の心の奥にあるものに気がつきます。
見たくなかったもの、封印していたものにも。決して満足して生きてきたわけではなかったことも。
それは、決してうれしい発見ではなかったし、長い停滞の日々のあとで、迷惑な発見でもあったのでした。
そして、少しずつ物語が語り進められるにしたがって、
ぼんやりとした陰影でしかなかった四人の姿が少しずつ少しずつ、実体として見え始めます。
どんな生き方をして、どんな過去を持ち、何を喜び、何を悩んでいるのか。
みてくれだけではない、その人の奥行きまでが、静かに浮かび上がってきます。
どの人物もなんとなく一癖ありそうな感じなのですが、読むほどに、どの人もチャーミングに思われ、
まるで自分の身内のだれかのような気持ちになってくるのです。
オマー自身も、彼らのもとに滞在し、
伝記の公認を求めつつ、四人それぞれの人生に触れながら、伝記の意味について、自分の生き方について、ゆっくりと振り返り始めます。
小石としての彼、と思っていましたが、彼もまたゆれて、波立っていたのでした。


最終目的地。
オマーは、アメリカのカンザスから、4人の住むウルグアイの僻地へ旅します。
不器用で困難な旅の後に、やっとたどり着いた場所。ここが最終目的地だったでしょうか。
ここに来さえすれば、すべての扉が開くつもりでいた彼は、思った以上にゴールは遠いことに気がつくのです。
三人の遺言執行者の公認は得られるのでしょうか。公認を得ることが最終目的地なのでしょうか。
到達するたびに、ここよりもっと先に目的地があることに気がついてきます。いつもいつも目は遠い彼方を向いています。
物語には「おわり」があるけれど、人が生きることはずっとずっと、
いつまでも辿り着かない最終目的地を、あそこかな、と思いながら少しずつ歩いていくことなのかもしれません。
そして、次の目的地のその先にあるものは、そこに着くまで、見えないのかもしれません。
それはおもしろく楽しみなことかもしれません。