リンゴ畑のマーティン・ピピン

リンゴ畑のマーティン・ピピン (ファージョン作品集 (4))リンゴ畑のマーティン・ピピン (ファージョン作品集 (4))
エリナー・ファージョン
石井桃子 訳
岩波書店
★★★★★


再読です。
愛しい恋人から引き離された美しい娘尻案は、父親の井戸屋形にとじこめられて毎日鳴いて暮らしている。
その井戸屋形は、高さ6フィートのサンザシの生垣と9ヤードの堀に守られたリンゴ畑の真ん中にあり、6つの鍵がついています。
その6つの鍵は、6人の乳搾り娘(全員男嫌いで嫁に行かぬと誓ったつわものたち)がひとつずつ持ち、井戸屋形を守っているのです。
ジリアンの嘆く恋人ロビン・ルーに変わって、旅の詩人マーティン・ピピンはリンゴ園にやってきます。
そして、一晩に一つずつ、6晩続けて6つの恋の物語を娘たちに聞かせるのです。

・・・どれもハッピーエンドに終わる恋の物語。しかもどれも趣がちがう御伽噺。不思議でロマンチックで、美しい。
どのお話が好き、と一言で言うのはむずかしいのですが、どれもみんなすばらしくて・・・
それは恋する若い人たちへの(ロマンチックでばかげた日々への)茶目っ気たっぷりの賛歌でもあります。
「子どもたちをはなしてやるのが、子どもをつなぎとめる方法だということを学ぶ親はすくない」
「そこには、一輪の完全なバラが咲いていた。(中略)ホブはすぐさまそれをつみとって、彼女におくった。それが贈り物を自分のものにしておく唯一の方法なのだ」
などという言葉が物語の合間にちらほらと顔をのぞかせ、親であるわたしと時々夢から覚まさせたりするのでした。

好きなヒロインは「オープン・ウィンキンズ」のマーガレット。ひとすじなわでいかないところがよいです。金髪の下に一筋黒いのを隠しておきたいじゃないですか。そしてひそかに大切に養っていたいじゃないですか。抜いてしまってはいけません。
好きなお話は、「王さまの納屋」 金のかんむりかぶって金のしゃくを手にして納屋の干草の上に座った王さまがかわいいな。

そして、物語は終わり。
入れ子になったお話、大きな物語の中に6つのおとぎ話がきれいに並んで入っている、と思って読んでいたのですが、最後に気がつくのは、「大きな物語」はなくて、7つめのお話が現れたことでした。
そうそう、忘れてはいけません。乳搾り娘は6人。だけど、娘たちはジリアンも入れて7人いたのです。当然お話も7つなければいけません。
そして、7人目の娘ジリアンは6つのかぎがそろわなければ外へ出られないように、7つめのお話も、6つのお話を語り終えなくてはみえてこないのでした。
まるでポケットをくるんとひっくり返したように始まる7つめのお話にびっくり。そして・・・もしかしたらこれが一番ひとすじなわではいかないお話かもしれないのです。

それにしても石井桃子さんの訳のすばらしさに改めて感動します。
なんと豊かに広がる牧歌的なイメージ。石井さんのことばのなかからリンゴ畑のイメージも、娘たちの姿も立ち上がってくるのです。(人のよいギルマンさんの呼びかけ「むすめたち!むすめたち!むすめたち!」がとても好きです。)
お話はファージョンが書きました、もちろん。だけど、このお話が石井さんの訳で読めることはなんとなんと幸福なわたしたちでしょう。