辺境のオオカミ

辺境のオオカミ (岩波少年文庫)辺境のオオカミ
ローズマリ・サトクリフ
猪熊葉子 訳
岩波少年文庫
★★★★


5年ほど前にこの本を初めて読みました。
「子犬のピピン」以外の初めてのサトクリフでした。
しかし、この本の読みにくさにつまずき、サトクリフ、特にローマンブリテンシリーズは、わたしにとって恐ろしく手ごわい本、という印象を持ってしまったのでした。
今、再び、サトクリフを手にとってみれば、・・・五年のあいだに私の何が変ったのか、サトクリフに対する苦手意識がすっかり消えていました。苦手だと思ったことさえも忘れるほどに、ただひたすら物語に没頭して、一気に四作読了することができました。

この物語、時代はいつごろでしょうか。今までの三作が時系列に沿っているのに対して、これは、後戻りしています。
「第九軍団のワシ」と「銀の枝」のあいだくらいの時代らしいのです。
「ともしびをかかげて」で素晴らしいラストを体験したあとだったので、三部作でおわりでもよかったのでは?と思いました。
作者の「おわりに」によれば、これはスランプを脱する印象深い作品とのことで、作者にとっては書かなければならない物語だったようです。
それならば、「ともしびをかかげて」の余韻のように、後ろを振り返る物語があってもいいか、と思えてきます。ローマンブリテン「外伝?」のようなイメージもあると思いました。
外伝、と思ったのは、まず、今までの3冊の時代の流れに逆らっていること、
それから、訳者あとがきに書かれていた「他の三部作と共通点を持ちながらも、大きく異なっているのは、(中略)この物語が、いかなる時にも定められた規律を守らなくてはならない軍隊と、その兵士たちの物語として終始している点ではないでしょうか」と書かれている、その部分でした。
これまでの三作では、主人公が、自分の決心によって、あるいは他からの圧力により、計らずも軍隊を離れ、比較的自由な(あるいは不自由な)立場での冒険だったのに対して、この本の主人公は最後まで軍隊に属する一人として描かれます。

だけど、軍隊に属している、といっても、「辺境のオオカミ」と呼ばれるならずもの部隊、ブリテン支配のローマ軍の中のやっかいもの軍団です。
どっちにしてもはみ出し者の物語ではあるのです。そして、例外なく主人公はある挫折をきっかけに、そういう立場に立つことになるのです。
主人公アレクシウスは、軍の重鎮マリウス伯父の後ろ盾もあり、出世街道を順調に歩いていくかと思ったところが大変な失態をやらかして、この辺境の地の司令官として左遷させられたのでした。
この地の有力氏族ヴォダディニ族の前族長の「どうもオオカミ族になるようには生まれついていないように見えるがな。つるんとしすぎておる。最高司令官の将校団によくいるお坊ちゃんみたいだ」との言葉どおりの青年だったアレクシウスが、身内には荒っぽいならず者、外には反逆のチャンスを狙う先住者たち、という四面楚歌状態のなかで、少しずつ部下達の信頼を勝ち得ていくこと、そして、自分自身もまた辺境のオオカミらしくなっていくことが、見所でした。

育ちのよい生え抜きのアレクシウスですが、性格がよいのです。まず、なによりも素直(笑)なのだ、と思います。
偏見をもたずに、部下達を客観的に見ようと、心がけていること。この地に根付いている習慣(正規の軍隊式のものから多少外れるとしても)を、自分にとっては意味のないものであっても、これまでそこにいた人たちが大切に守ってきたものなら、自分もまた大切にしようとするところ。
それから、情の深さ。おおらかさ。たとえ部下達が自分にどんな目を向けるとしても、そして、自分もまた将来に対して大いに不安を持っているとしても、「私の」部下、と言い切ることなど。
もしも、人間関係で悩んだときには、かなり参考になるところがあるかな〜などと(笑)

そして、彼こそが、イルカの指輪の継承者でした。アレクシウス・フラビウス・アクイラ。
今まで、特異な人たちばかりの物語でしたが、この指輪の系図の大部分の人たちは、ローマ軍の軍人としてまっとうしたことでしょう。

いろいろとありますが(^^)読後は爽やかです。
少年ラッパ手ルーファス、子猫を肩に乗せてラッパを吹いておくれ。ローマンブリテン、ファンファーレ!