銀の枝

銀の枝 (岩波少年文庫)銀の枝
ローズマリ・サトクリフ
猪熊葉子 訳
岩波少年文庫
★★★★


ローマンブリテン2作目。
一作目「第九軍団のワシ」から、なるほど、こんなふうに続くのですね。
一作目マーカスたちの冒険の後、地上から消えたワシが、こんな形で日の目をみて、相応しい役割を果たしたあと、確かな形でその使命を終えるのは、しみじみ嬉しかったです。
また、マーカスの父の指輪が、代々受け継がれ、その直系の子孫であるフラビウスの手にあることに驚きます。
これが一作目から200年近く後の話である、ということを忘れそうなくらいに一作目の冒険が、この本の二人の主人公フラビウスとジャスティンのすぐ後ろにあるように思えました。
その一方で、200年の重みも確かに感じていました。マーカスの生きたころ確固としたローマのブリテン支配は、土台がゆれ始め、少しずつ終焉が近づいているようでした。
わさわさと落ち着かず、人々の気持ちのなかにも不安が蔓延しているようでした。
人々の暮らしも変りました。ローマからまるで独立したかのようなブリテンの皇帝が現れ、人々は税を納めていたけれど、その気持ちは「だれが支配者になろうが、関係ない」ような醒めた気持ちを持っていました。また、「海のオオカミ」(海賊でしょうか)と恐れられるサクソン人たちが人々の生活を脅かしてもいました。
それでも、ローマの軍隊は、相変わらず百人隊長がいて、防壁を守り・・・ここだけはマーカスのころからまったく変りがないように思え、時間が止まったようでした。
確かなものは何もない。そんな気持ちにさせられた二巻目でした。

物語は、一作目よりも複雑になっています。裏切りを知りつつ何もできず追われる身となった二人の若者が、あるきっかけから、地下に潜り、諜報活動に関わることになります。
暗い時代。闇夜の中で、あちこちから小さな星のような光がともり、それが静かに集まっていきます。とても魅力的で個性的な星たちです。そうして静かなうねりになっていきます。そのようにして時を待つ。
それぞれがそれぞれの思惑を持ちながら、目標は一つ。
そして、そこに絶妙なタイミングで(まさになにかの意思が働いたかのように)「ワシ」が現れる。たからかに掲げられる「ワシ」に歓呼する仲間たちの声。上がる士気。
この場面を読みながら、「第九軍団のワシ」で、敵の手にこのワシが落ちたときにこのワシが敵方に対して同様の働きをするのではないか、と恐れ、マーカスたちはどうしてもこれをとりもどさなければならなかったことを思い出しました。
そして、この「象徴」って冷静に考えたら怖い、とふと醒めたりしたのでした。集団を一つの方向に向ける強い力です。
(実際、とってもおもしろかったのですが、ほんとは、わたしは一作目の素朴な物語のほうが好きでした。)

印象深かったのは、ジャスティンの父に対する気持ちでした。
子ども(特に男子にとっては)父親の存在ってとても大きいのだと思いました。父親が自分に失望しているのではないか、自分に期待していないのではないか、と感じることはとても辛いものだろうと思いました。子には夢があり、たくさんの美質をもっているのに。
二年間で素晴らしい成長を遂げたジャスティンですが、それでも、海の向こうからの父の手紙には感動しました。(不器用な親子です。まったく)

しかーし、女性が出てこない! 
唯一印象に残る女性が老ホノリアおばさんでした^^

南川高志氏の巻末の解説もありがたかったです。イギリス史が全然頭に入っていないわたしにもわかりやすく概略を教えてくれて、わかりにくい時代背景も、なんとか基本的なところは押さえて読めたのではないか、と思っています。
また、「本書を読まれた方は、サトクリフがローマ人の側に立って物語を書き、アレクトスに雇われてローマ人を攻めてくるサクソン人を野蛮な敵として描いていることをどのように思われたでしょうか」との文章に、はっとしました。そう、そうなんです。一作目からなんとなく漠然とですが、引っかかっていたのです。
それに対する答えとして、「こうした見方は、ルネサンス時代以降、古代ギリシア・ローマの文化が人間形成のための大切な規範であるという考え方がイギリスにも広がってきたことに起因します」と書かれています。そして、後世の人々は自分自身の歴史とローマ帝国を結びつけることに熱心であった、と書いています。
とはいえ、サトクリフは、この物語でも、「第九軍団のワシ」でも、ローマ側に立って物語を展開しながらも、一方的なローマ賛美をしているわけではありません。ほんとうに書きたいのは、やはり民族を超えた信頼、友情なのではないか、と思うのです。
ローマ人とイギリス人の先祖達が同じ土地の上で暮らした時代を時代背景に選んだのはそういうことなのではないか、と思うのです。

それから少年文庫版の表紙の池田正孝さんによる写真がとてもよいです。物語の場面が浮かび上がってくるような気がします。一作目の表紙はハドリアヌス城壁。
二作目のこの本の表紙はボーチェスター。カバー裏の説明によれば、「古代のポルトス・アドルニはここであったと考えられている」とのこと。では、この桟橋のあったあたりからドクムギのしるしをつけた人たちが、夜陰にまぎれて、出国していったのですね。ゴールの地をめざして。