第九軍団のワシ

第九軍団のワシ (岩波少年文庫 579)第九軍団のワシ
ローズマリ・サトクリフ
猪熊葉子 訳
岩波少年文庫
★★★★


ローマンブリテン4部作の一作目です。
敷居が高いと思っていたローマンブリテンですが、とてもおもしろかった^^

グレートブリテン島の南部がローマ人によって治められていた時代。北部(カレドニア)、中部(バレンシア)のブリトン人たちの攻撃を防ぐため、ハドリアヌス帝による防壁が築かれた時代。
紀元117年頃のイギリスです。
若き百人隊長マーカス・アクイラは、ブリトン人との戦いで足を負傷して、軍人生命を絶たれる。
行方不明になって久しい父の軍団の旗印にして象徴である「ワシ」が北のブリトン人の祭壇に祀られている、との噂を追って、マーカスは、親友エスカとともに、辺境の地へ旅立つ。

余分な贅肉を落とした簡素な文章、早い展開。冒険に継ぐ冒険は息つく暇もないし、日々深まっていく二人の友情は美しい。
そして、知らない間に先史時代のグレートブリテン島縦断の旅をしていたのでした。

エスカは、ブリトン人氏族の族長の息子です。ローマ人に反抗して蜂起し、一族殺されたあと、ローマ人の奴隷にされ、剣闘士として殺されかけたとき、助けたのがマーカス。
このあと主人と奴隷の関係を超えて義兄弟のような信頼を寄せ合い、やがて自由民となり、マーカスとともにワシを探す旅に出るのです。命令ではなく、自分の意志で、命をかけて。

長い間、(たとえ一時でも)奴隷としての鞭を受けていたことを忘れられない(心から解放されない)エスカが痛々しいのですが、やがて、歌のメロディを口笛で吹くところが印象的です。
口笛を吹くのは自由民だけで、奴隷は歌をうたうけれど口笛は絶対に吹かない、と言う言葉は示唆的でした。
なるほど、そういえば、人が口笛(でメロディを)吹くときって、気持ちがいいとき、幸福なときですよね。そして、ちょっとばかり無作法でもあります。気持ちが解放されているときでもありますね。

わたしはこのエスカが好きです。
彼にとって、ワシは、一族を滅ぼした支配者の憎い旗印のはず。それを取り戻すために命がけの旅をするのは、マーカスのためでした。
大切な友が命をかけるとき、その友の杖になり、盾になろうと、それだけ。

ローマ人視点で描かれた物語ではありますが、一方的なローマ人賛美ではありません。
野蛮人のように描かれたブリトン人氏族たちの義理堅さ、誇り高さが、美しく描かれます。
マーカスがエスカに、辺境の氏族はどうしてローマ人がやってくるのをそんなに嫌うのだろう、とたずねるところが印象に残っています。ローマ人によってもたらされたものは、正義、秩序、よい道路、価値あるものばかりではないか、と。
「わたしたちの流儀があるのです」とエスカは言います。
ローマ式の美しい文様に描かれる曲線も花も繰りかえしも、そこに何も意味を持っていないのに対して、ブリトン人の文様をエスカはこのように言います。

>「・・・水が水から流れ出、風が風から吹き出してくるようなこの流動的な曲線をみてください。空で星が動き、風に吹かれた砂が砂丘に吹き寄せされているかのようです。ここにあるのは生命のある曲線です。・・・」
しかし、マーカスは、エスカの話に感心はしても自分たちの文化を振り返って考え直そうとは思っていないようです。
文化は、なかなかに相容れないものなのだと、なかなかに溶けあうことはないのだと思いました。
まして、支配と被支配が続く限り、民族の誇りにかけて抗争は絶えないにちがいない、と。
だけど。
だけど、人と人はちがいます。人と人は溶け合うことができるのです。ブリトン人とローマ人であってもかけがえのない存在になることができるのです。己を殺しても相手を生かそうと互いに思えるほどの友情を結ぶことができるのでした。
主人公とその親友が、ローマ人(侵略者側のひとり)とブリトン人(反逆者側のひとり)であることは、なんと大きな意味を持っていることでしょう。