イタリアののぞきめがね

イタリアののぞきめがね (ファージョン作品集 (2))イタリアののぞきめがね (ファージョン作品集 (2))
エリナー・ファージョン
石井桃子 訳
岩波書店
★★★★★


歌のような、呪文のような「オレンジとレモン」、
「ロザウラの誕生日」にどきっとして、
「リンダリーさんとリンダリーおくさんのおはなし」のオチが好き。これが一番好き。

だけど、ひとつひとつのお話よりも全体に漂う雰囲気がとても好きです。
イタリアに引っ越したブリジェットの家族にお話をしてあげるために、出かけていく「わたし」。お話をするために出かけるのですよ。ブリジェットたちにとってお話は、きっと、とっても大切なことなのでしょう、ご飯を食べるのとおなじくらいに。

イタリアの小さな村の異国情緒漂う雰囲気。
脊のひくい、はい色のオリーブの木。まっすぐつんとつきたっているイトスギ。木々のあいだの家々は、四角くて、小さな塔がついています。
謝肉祭の仮装やらパスタへのこだわりやら。
そして、ブリジェットの小さな美しい妹ナン。不思議な雰囲気の牛乳屋さん。ブリジェットの大切なお人形・・・
・・・いつもみる風景やおなじみの人々が、いつのまにか、「わたし」のお話の中にとりこまれて別の輝きを見せ始めるおもしろさ。
イタリアの――遠い国の不思議なのぞきめがねでのぞいてみたら、見慣れたものが、こんなにちがってみえますよ、さあのぞいてごらん、と言っているよう。

「ネラの舞踏ぐつ」では、「なんの話をしたらいいか、いってごらんなさい」とたずね、そこにいる四人から、それぞれ「赤い舞踏ぐつ」「ワシの話」「ジャングル」「せんす」という言葉をもらい、それらの単語が出てくる物語を語って聞かせるところ。
こんなふうにお話を語ってくれるお話名人のお友達がいるって、うらやましいです。

お話なのか、歌なのか、詩なのか、いや、きっと全部でしょう、と言いたくなる石井桃子さんの訳がすばらしいです。ほんとに名訳です。

>・・・だれがパーティにきたと思います?
「だれ?」
「そこらじゅうのひとが、みんな! そこらじゅうのおじいさんたちに、おばあさんたちに、おかあさんたちに、おとうさんたちに、大きい男の子たちに、大きい女の子たちに、小さい男の子たちに、小さい女の子たちに、あかちゃんたちが、全部。それから、パーティには、みんな、なにを着ていったと思います?」
「なに着ていったの?」
「みんながもってるいろんなもの! 絹に、サテンに、もめんに、ぼろ服。レースに、リボンに、キャラコに・・・
そして、「わたし」もイギリスへ帰る日がやってきました。
ブリジェットの家族はほんとうにいるのかな。こんなふうに名残惜しく思い出せる大切なお友達だったのかな。