海松(みる)

海松(みる)海松(みる)
稲葉真弓
新潮社
★★★★


「海松(みる)」「光の沼」「桟橋」「指の上の深海」の四つの短編が収められています。
特に表題作がよかった。
森の匂いをからだいっぱいに吸い込みながら、見えない灯台に向かう。(ああ、ヴァージニア・ウルフの「灯台」、ぜひとも読まなくちゃ!)
どこかの半島の、どこかの森の中の山荘。その山荘を手に入れたきっかけ。その山荘でのさまざまな思い出がよみがえってくる。それは決してあけっぱなしのセカンドライフの喜びではない。
心の壊れかけた母。
都会の生活に行き詰った「わたし」
朗らかに笑えば笑うほど、空虚が口を開けているのを感じる。
蛇の抜け殻の話――他の作品の中でも「蝉の抜け殻」となって、同じエピソードが繰り返されます。つまり、「殻が脱げなきゃ死ぬ」という。

それでも、この危機感に瀕して、どこか緊張しているような、それでいてどこかほっとしているような、・・・先が見えなくてもなんでもとにかく「今」は笑っていられる、という刹那的な喜びを素直に喜ぶ。
そして、それはあっという間に過去になる。
過ぎ去った時間。騒々しいお祭りのような一時を経て、この山荘は静まる。
主人公「わたし」の思い出だけが残る。
「ああ、なつかしい。なつかしくてさびしい」と土地の老女に言わせた、その言葉がこの作品の世界をそのまま包み込む。
そして、ここにまぎれもなく「生きている」と言う実感があるのです。若いときのような躍動感ではなく。老いに向かい、静かに呼吸し、やるせなさも倦怠感も、何もかもを受け入れる生。
よかったです。