玻璃の天

玻璃の天玻璃の天
北村薫
文藝春秋
★★★★


「街の灯」に続くシリーズ二作目。
一作目もよかったのですが、この巻はさらにパワーアップ。一作目から一皮剥けたかのような凄みがありました。強い力でぐいぐいと引っぱっていく力を感じます。と言いつつ、「力」で押し切ろうという作品ではないのです。あくまでも控えめな、でも研ぎ澄まされた文章です。

徐々に暗くなる時代の中で、軍靴の足音が高らかに近づいている。そんな気がしました。
そのなかで、毅然と顔をあげて滔々と理想を語る北村薫
現実の暗さ、不正、貧富の差の激しさ、・・・その中で、あえて雅にして富裕層に身をおく英子を語り手に選んだ意味はなんでしょう。
もし、下から上を見上げたら、物語にはならないでしょう。それはあまりに生々しい現実だから。
上品さ、どこかお伽噺めいた世界でありながら、凛とした清清しさがある。地に足のついていない浮き足立ったイメージはここにはありませんでした。
それは、これが、上から下を「見上げる」(打ち間違いではありませんヨ)物語だからです。
英子がこういう家に生まれ育ったことは偶然にすぎません。
でも、彼女は育ちのよさによる素直さ、それから頭の良さ、勤勉さなどを併せ持っています。
自分に与えられた条件の中から一生懸命考え、最善の努力をしようと考えています。
そして、自分の立ち居地がある種の特権階級であることを、意識し、ときに恥じ入りながらも、できるかぎり広く物事を見ようとしています。
そういう彼女の語りが、この物語の品格を保っているように思いました。

与謝野晶子の詩に対する思いを兄雅吉の言葉で語らせる。大儀の意味を若い少尉若月と英子に議論させる。「《私よりも、異教徒一人の命の方が、よほど大切なのだ》と説く神がいたら、・・・」と建築家乾原の言葉で語らせる。
どれも印象深い場面です。

全体を通してのテーマはなんでしょう。
文学、美術、政治、思想、・・・北村薫さんの博識ぶりに舌を巻き、その解釈の深みにあっと驚いたり、でもすんなりと納得したりしながら・・・どの話もどの話も公と私がにらみ合いながら互いのまわりをぐるぐる回りつつ、一つの方向に向かっているのを感じます。それは、一言でいれば「正義」ではないでしょうか。それも押し付けられた正義ではなくて。
正義とはいったいなんだろう、と北村薫は疑問を投げかけてよこします。どんな主義主張、大儀があろうとも、まず弱者の気持ちをわかろう、寄り添おう、という気持ちを貫くということが原点だから、お伽噺めいている、といいながら、ほわんほわんした雰囲気に流れて行かないのだと思います。

これ、推理小説であることはもうどうでもよくなってしまいました。
この物語が向かう先、大きな渦の向こうに何が待っているのか、見届けないわけには行かない、そんな気がしています。
三作目「鷺と雪」は予約中・・・当分まわってきません・・・ね。

☆今、お友達の日記で、北村薫さんが「鷺と雪」で直木賞受賞されたことを知りました。
なんとタイムリーなこと。
おめでとうございます! ますます待ち焦がれる三作目です。