ツバメの谷

ツバメの谷 (アーサー・ランサム全集 (2))ツバメの谷 (アーサー・ランサム全集 (2))
アーサー・ランサム
神宮輝夫・岩田欣三 訳
★★★★★


再読。
一年を経て戻ってくれば、アマゾン海賊もフリント船長も「土人のごたごた」に巻き込まれて大変なことになっているし、
おまけにツバメ号は早々に座礁し、船体に大穴をあけてしまう。
なんと結構な幕開けでしょう。
かわりのキャンプ地ツバメ渓谷がどんなに素敵な場所であったとしても、
どんなに素敵なピーター・ダック洞窟があったとしても、
湖をすっかり見晴るかすごきげんな見張り台があったとしても、
・・・・・・
やっぱりこれは厳しい展開でした。
アマゾン号とツバメ号が気持ちよく湖を滑る夏であったほしかったから。


でも、子どもたちにこれほどに切ない思いをさせた「土人のごたごた」ですが、絶対に変わることのできない大おばさんの寂しさもふと感じます。
厳格に育てるべし、との理想を違えることのなかった大おばさん。
彼女もまた信念の人で、彼女の愛情でもあったのでしょう。
だからフリント船長もブラケット夫人も、黙って従ったのですね。
「昔の子どもの育て方にふれ、子どもがおとなの家来で、いつもびくびくしているのではなく、おとなの友達になれる今のほうがずっといい」
と思っていたとしても。
でも、二人してチョコチョコと逃げ出すうまさも、思いっきり大おばさんをののしる言葉もすてきすぎ。
アマゾン海賊がますます大好きになるこの巻です。


沢山の冒険の夏。数え切れないほどの喜びとアクシデントの夏でした。
なかでも忘れられない見所は、カンチェンジュンガ登頂と、蘇ったツバメ号とアマゾン号の競争。


カンチェンジュンガの頂上で、子どもたちが、「いつか世界一周しよう」と語り合うところがすきなのです。
そして、「もちろん、どんなに高くのぼったって、地球がすっかり見えることなんてないね」というロジャに、ティティが答えて言います。
「見えないほうがいいのよ。つぎになにが見えるか、わからないほうがおもしろいもの」
ああ、冒険者たち。彼らの心は世界を征服しつつある冒険者達なのです。


そして、蘇ったツバメ号の描写がいいんです。

ツバメ号は、新しい船、いや、新しいどころか、もっと良い船になっていた。なぜなら、ツバメ号は若さをとりもどした上に、今までの記憶をそのまま持ちつたえ、心の中は昔ながらのツバメ号だったからだ
まるで生きているみたいでしょ。
そして、これ以上に復活を喜ぶ言葉ってないでしょ。
「子どもたちにとっては、世界じゅうのどの船よりよい船、ずっとずっとよい船」だってことがとってもよくわかります。
ジョン船長にとって、船を一時失ったことにより、より深くツバメ号を自分のものにできた夏でもあった、と思います。
黙々と木を磨き、自分の手でマストを仕上げていく場面がすばらしい。
こうして、ツバメ号とジョン船長が深く結びついていく。去年の夏よりもずっとずっと。
こうして不幸な事故をより深い幸福に変えてしまうあたり、ほんとにうれしくなってしまいます。


そして、このツバメ号とアマゾン号が競争するのです。
読者としては、どちらが勝ってもうれしいのです。
というより、ツバメ号とアマゾン号が、何の憂いもなく、また湖に戻ってきたことがうれしくてたまらないのです。
風をはらんて走る二つの小さな帆船。
最高の船長のとっさの判断、作戦、決断、最高の乗組員達の協力。
ああ、ほんとにすばらしい船員たち。
ナンシー船長が言います。
「牡牛のあぶったのを出せ。ジャマイカ・ラムの大たるをあけろ。偉大な航海がおわったのだぞ」


さあ、次はいよいよヤマネコ号です。海へ出ます。
そして、わたしも叫ぼう。「ツバメ号、アマゾン号、ばんざい!」