風の歌を聴け

風の歌を聴け (講談社文庫)風の歌を聴け
村上春樹
講談社文庫
★★★★


図書館では、村上春樹の今話題の新刊の予約件数が2000件を軽く越えています。こんな数字、みたことありません。おそるべし村上春樹
この本は村上春樹デビュー作ですが、これだって予約本、わたしのあとにも待っている人がいます。わたしにとって初めての村上春樹作品です。
あまりにも大きすぎる作家さんで、逆に手にとるのが怖い作家さんでもありました。
初読みで、ちゃんと読めているかどうかわかりませんが・・・乾いた文章、日本の本というよりも翻訳物のような印象でした。読み心地は悪くないです。

思うことの半分しか口に出すまいと決心し、実行するうちに、いつのまにか思っていることの半分しか語ることのできない人間になっていたことを発見した、という僕。
金持ちが嫌いで、ことに自分が金持ちであることが大嫌いな鼠。彼はセックスシーンもなく誰一人死なない小説を書いている。
嫌なことばかり経験して生きてきた四本指の女の子。
一夏じゅうかけて25メートル・プール一杯分のビールを飲み、「ジェイズ・バー」の床5センチ分のピーナッツの殻を撒き散らしながら、「そうでもしなければ生き残れないくらい退屈な夏」をすごす。
・・・何がどうしてどうなったか、ということもなく、とりあえず生きている。なんだろうねえ、元気の出る話じゃないねえ。このしれーっとした空気をかきわけるようにして、何とか生きている若者たち。
固有名詞も持たず、どこの町の話なのかもわからず。

好きじゃないよ、こんなのは。という生活が描かれれば描かれるほどに、あちこちにきらきらとこぼれるような不思議な感性が散らばっている。
眠りそうになりながら、ゆるゆると読んでいたら、はっとして、「え。今なんて言った?」とあわてて目を覚ます。だけど、さっき見た光は、どこにも向かわない。ふっと現れて、とりとめもなさそうに消えてしまう。あっちでもこっちでも。
とりとめのない文章だからこそ、そのきらめきのかけらに余計にはっとする。気になる。

>話せば長いことだが、僕は21歳になる。
まだ充分に若くはあるが、以前ほど若くはない。もしそれが気にいらなければ、日曜の朝にエンパイア・ステート・ビルの屋上から飛び下りる意外に手はない。
・・・なんて文章が突然出てくるのだから。そして、それがどこにも向かわずそのまま消え去ってしまうのだから。

若い彼らの日常ってそんな感じなのかな。まぎれもない閉塞感を感じるのですが。
なんとなくのだらだらした日々、だけど、荒んでいるわけではない。荒みきることのできない、在る意味育ちのよい若者、ともいえる。それだからこその痛みかな。荒みきることのできない大多数の若者達は、現実からも、憎たらしい親からも、逃れることができない。だらだらしながらビールを飲んで、車を公園のフェンスにぶつけてしまうくらいしか、淀んだ日常を回避する術はないのだ、ということが、痛くなさそうでかなり痛い。
極端な苦しみじゃないぶん、じわじわと持続して、かなり苦しい。
その自虐的だらだらの日々に散りばめられたわずかばかりの、だけど紛れもない輝き。彼ら自身も気がついてはいない。
いつかこの光を拾い集めることができるのか、そのまま忘れ去られていくのかわからないけど、確かに光っているのだなあ、と思う。
「風」ってなんだろう。歌っているのはなんだろう。