湖の麗人

湖の麗人 (岩波文庫)湖の麗人
ウォルター・スコット
入江直裕 訳
岩波文庫
★★★★★


旧漢字・旧仮名遣い、古めかしく荘重な訳文がこの叙事詩になんて相応しいんだろう。
狩に迷った森の湖に小舟を漕いで現れた清清しくも麗しい乙女エレンの姿。
悲劇の貴族、勇壮な騎士たち。
宮中の貴族達の思惑や、陰謀。正々堂々の一騎打に、固唾を呑んで見守る。
思いがけない出会いもあれば、ここからここに繋がるのか、と驚きの展開もある。
しかも、流れるようにスマートで、敵も味方も、脇役までが魅力的で、美しい。
そして、場面場面の曲がり角に挿入される楽の音(実際に聞こえるわけではないけれど、聞こえるような気がするのです)と独立した詩は、その哀感と美しさが際立ちます。
ことに、エレンが父(死を覚悟して王の元へ赴いた)を気遣っての祈り「聖母讃歌」(妖精の洞での)、「アヴェ・マリヤ、やさしき処女(おとめ)、/ききたまへ、乙女の祈りを」で、始まる詩に打たれます。
また、囚われて死に瀕した猛将の枕辺で、老楽師が奏でる詩「ビイル・アン・ドゥインの合戦」は、勇壮な端切れのよい響きが、嘗ての栄光をスローモーションで語るようで、切ないのです。

はるか昔のスコットランドの騎士たちの世界のさまざまな風習(?)もおもしろくて興味深いところでした。
たとえば、道に迷った旅人の素性を聞かず、こちらも明かさずに接待すること。もしかしたら敵味方かもしれないけれど、その一夜は、もてなす主ともてなされる客人に過ぎない、ということ。これも騎士道なのでしょうか。きのうの敵は今日の友、のような不思議な清清しさです。
もうひとつ。
戦いの始まりを触れ回る伝令に託される「火の十字架」。リレーのように次から次へと託されて、託されたものは、先へと走るのです。ここから、私は実はオリンピックの聖火リレーを思い浮かべました。聖火リレーが明るい平和の伝令であるのに対して、戦いのリレーの暗く禍々しいイメージでした。

物語も素晴らしいのですが、目に焼きつくような鮮烈な場面場面のイメージも素晴らしいです。
たとえば、騎士フィッツ・ジェイムズの前に初めて乙女エレンが現れる場面。
フィッツ・ジェイムズとロデリックの一騎打ちの場面。
ことに、エレンが現れる場面は、どの場面でも、まるでさっと光が射すような美しいイメージがありました。

戦いのあたりから、これは悲劇の物語だろうか、と思ったのですが・・・まさかまさかの展開で、そんなの、もうちっとも予想がつきませんでした(笑)
洒落たことをなさいます。王さま・・・
堪能しました。
初めてのウォルター・スコット。大満足の読書をありがとう。