ムギと王さま/天国を出ていく (本の小べや1.2.)

ムギと王さま―本の小べや〈1〉 (岩波少年文庫)ムギと王さま―本の小べや〈1〉
エリナー・ファージョン
石井桃子 訳
岩波少年文庫
★★★★★
天国を出ていく − 本の小べや〈2〉天国を出ていく − 本の小べや〈2〉
エリナー・ファージョン
石井桃子 訳
岩波少年文庫
★★★★★


再読。
(手持ちの本はファージョン全集の一冊「ムギと王さま」ですが、持ち歩くには重たいのです。少年文庫の軽さがうれしく、こちらも入手♪)

一話読むたびに体中に幸福感が広がってきます。
どこか遠い遠い国のおとぎばなしみたいなのですが、よくもまあこれだけ味の違うお話を集めたもの、と感心してしまうほどに、色彩豊かです。
絢爛豪華で美しく、かと思うと素朴で、親しげで、風刺のきいたクスクス笑いを誘うものもあり・・・
でもでも、間違いなくどれもファージョンらしい、と感じるのです。
どのお話の主人公達も(王さまだろうとお姫様だろうと、きこりだろうと小間使いだろうと仕立て屋だろうと・・・金持ちだろうと貧乏だろうと!)
それぞれに、濁りない目で、自分にとって価値あるものをしっかりと見つめている、そんな気がするのです。
世間一般に通用するかしないかってことは全然問題じゃないのです。
改めて何が幸せの形?と思います。
それぞれのお話のなかのそれぞれの価値あるものをひとつひとつ数え上げていくと、
それだけで心がとっても裕福になったような気持ちになるのです。


大好きなのは「小さな仕立て屋さん」 謙虚な心をくるむ三着の美しいドレスのまばゆさ。
そして、その上に羽織った古い外套は「毛皮姫」のお話をちょこっと思い出します。
これは納得のハッピーエンドです。
おとぎばなしのハッピーエンドだったらこうでしょ、
じゃなくて、ほんとに幸せな結末はやっぱりこうでしょ、とにっこりしてしまうのです。


「月がほしいと王女さまが泣いた」「レモン色の子犬」は、
やんちゃな小さな王女様がかわいくてかわいくて、よしよし、と頭をなぜなぜしてあげたくなってしまいます。


「ねんねコはおどる」は、
すんばらしい110歳のご婦人とけなげな10歳の孫娘のやりとりがほのぼのとおかしくて、にやにやしてしまうのですが、
ほんとは孫娘の愛情深さ、けなげさに、胸がいっぱいになっています。
それでもそれでも、あの二人の会話は傑作です。


ボタンインコ」「サン・フェアリー・アン」、なんともいえず美しい物語です。
ボタンインコ」はごく短いお話なのですが、とても長い物語を読んだような気持ちになるのです。
そして、その結末(オチ)はしみじみと温かい余韻に包まれて、ほーっと息をついてしまいます。
「サン・フェアリー・アン」はお人形のお話です。お人形、好きなのです。
この寂しいお人形の不思議なめぐり合わせの幸せに、心からほっとします。


それから、お話の行間にすまして坐っているこんな一文に、はっとしたり、ほこっとしたり・・・
「名のない花」のなかの・・・
   >クリスティのかあちゃんというひとは、むすめが何かしてくれというと、
   いそがしくてできないなどと、一度もいったことのない人ひとした。
「コネマラのロバ」のなかの・・・
   >イングランド人のなかには、はっきりわからないことがあると、
   叱りつける人と、笑う人と、ふたとおりあります。
   オ・ツールさんは、イングランドへきて住むようになったとき、
   気をつけて、笑う人のほうをおかみさんに選びました。


そして何よりも何よりも素晴らしいまえがきのあの「本の小部屋」。
ファージョンの豊かで幸せな思い出の一瞬が結晶になったようなあの文章。
金色に踊る埃のなかで本に埋もれていた少女の姿が見えるよう。
まちがいなく本と想像力の妖精に守られて大きくなった少女なのですもの。
こんな思い出を持っているって、なんてなんて素敵なのでしょう。
それをまた、こんなに美しい文章で読める幸せに恍惚となってしまいます。
実はこのまえがきが一番一番好きだったりします。


ファージョン作品集「ムギと王さま」は、わたしが初めて出会ったファージョンでした。
それなのに、なんとたくさんのお話をきれいにわすれてしまっていたことでしょう。
ひとつひとつ文字をたどるうちに、こぶこぶの結び目がするするとほぐれるように、物語を思い出していきます。
そして、初めて出会った日のときめきも。
それも幸せで、この本との再会がうれしいです。


ムギと王さま (ファージョン作品集 (3))ムギと王さま (ファージョン作品集 (3))
価格:¥ 2,730(税込)
発売日:1971-01