水曜日のクルト

新版 水曜日のクルト (偕成社文庫)新版 水曜日のクルト
大井三重子
偕成社文庫
★★★★


復刊ありがとうございます。この本が手許に来る日を心から楽しみに待っていました。わたしが初めてこの本に出会ったときにはすでに絶版だったのです。挿絵も表紙の絵も新しくなって帰ってきました。この表紙の色合いのちょっと懐かしいようなやわらかさ、透明感のある明るさが、この本らしくて好きです。

作者大井三重子さんは、仁木悦子と言うペンネームで推理小説を書いていて、こちらのほうが有名みたいです。
この本には、子どものための童話が6篇納められています。そして、表題作「水曜日のクルト」は大井さんのデビュー作です。
この本に納められた物語はすべて20代で執筆されたものだというのですから驚いてしまいます。
どの物語もどの物語も、ちょっとふしぎで、まっすぐな透明感があり、優しいです。
でも、どの物語も底抜けに明るい話ではありません。優しく静かな物語は、その奥に悲しみや苦しみがあるような気がします。
いたずら天使が昔死んでしまった男の子だったり、病弱な子どものはかない美しい願いだったり、もう二度と戻ってこない思い出の物語だったり・・・

一番好きなのは、表題作「水曜日のクルト」
男の子の水色のオーバー。吹雪の中の赤い灯。なんといっても色彩がとっても鮮やかで、この物語のイメージが色になってすぐに浮かんできます。それも、きっと透明水彩の色。にじみながらも重なって濁ったりしない色。清清しくて、素直な優しい気持ちになってきます。
魔法、というよりいたずら? 繰り返される不思議にうふふ、と笑ってしまうのですが、主人公の不器用な優しさと、だれかさんの優しさと重なる感じが好きです。
さりげないのですが、こんなさりげない優しさが昔は当たり前のようにあそこにもここにも、町中に散らばっていたのかもしれません。
第一、題名だけで惹かれてしまいます。
題名に曜日の名がつくものって多いような気がします。そして、曜日の名のついた物語は好きなものが多いです。
なぜかな。一週間が七日間、という、十進法でないところがいいです。それから日の名前に、単純な数字ではなく星の名前をあてはめたところがいいんです。きっと。曜日の名前を七つならべて書いたらそれだけで詩になりそう!(閑話休題、でした)

もう一つすきなのは、「ふしぎなひしゃく」
とてもおもしろかったです。魔法が出てきて王様が出てきて、靴屋さんのおじいさんと沢山の子どもたちがでてきます。ね、それだけで楽しそうでしょう?アンデルセンの物語を読んでいるみたいでわくわくします。

「めもあある美術館」
家のすぐ近くなのに、なぜか初めて入る路地、見たことのないお店。これも、それだけで引き込まれてしまいます。物語の筋よりも、印象に残っているのは、この店で主人公の男の子がみつけた一枚の絵なのです。この絵に描かれているものの描写に、たまらなくせつなくなってしまうのです。

「ある水たまりの一生」
ポール・ギャリコの「雪のひとひら」をふと思い出しました。静かな物語。

「血の色の雲」は、この作品集の中で、唯一悲しい結末の物語。戦争の物語です。ときどき、他の作品には見られない、感情が高ぶったような文章が出てきて、物語のでき以前に、作者の強い思いに、はっとするのです。
主人公の女の子、そして二人の兄さん。杉みき子さんの巻末の解説を読んで、この境遇が、作者の境遇に酷似していること、最愛のお兄さんを戦争で失っていることなどから、作者がどんな思いでこの作品を書いたか、書かずにいられなかったか、知ります。

「ありとあらゆるもののびんづめ」
あれがほしい、わたしも。ひとつだけ。ほら、やっぱり最後のが一番素敵なものでした。金物屋さんの太っ腹なことに拍手です。
病気の男の子のお話。作者が病身だったことと重ねてしまいます。病気の子の憧れがせつなくて、元気な友だちとの小さな友情がほのぼのと温かい。優しくてささやかな幸せな時間。でもいくら優しくても、きっと元気な子どもには病気の子の切ない思いがほんとうには理解できていないのでしょう。かすかなすれちがい、が印象に残っています。

ひととき、透明な日だまりの中のゆったりと流れる時間を堪能したような気がしました。子どもの本の楽しさ、喜び、健康な知恵(?)のようなものがぎゅっと詰まっていて、読んでいてほっとするのです。
スピード感のある展開や、これでもかと詰め込まれたあれやこれやに疲れたら、この本があることを思い出そう。