イエメンで鮭釣りを

イエメンで鮭釣りを (エクス・リブリス)イエメンで鮭釣りを
ポール・トーディ
小竹由美子 訳
白水社
★★★★


イギリスで、イエメンに鮭を導入し娯楽としての鮭釣りを紹介するプロジェクトが進行中?
発案者はイエメンのあるシェリフ(族長)。生まれながらに貴族であり社会的地位も莫大な資産もある。
このプロジェクトに関わるだれもが馬鹿馬鹿しい話だと思いながら翻弄され、
しかも政治的思惑もからんでイギリス国家までもどうやら一枚噛んでいるとかいないとか。
壮大な茶番劇に踊らされる人々(その人物の背景も性格も職業も思惑もほんとに多種多様)の人間模様。


まず、物語の体裁に戸惑いました。
手紙、eメール、日記、新聞等の記事、議事録、未刊行の自伝の抜粋・・・さまざまな文書が次々目の前に現れます。
そういう文書だけで物語を繋いでいるのです。
最初の一ページ目に
「外務委員会による下院の建白書に関する報告およびイエメンに鮭を導入するという決定(イエメン鮭プロジェクト)をめぐる諸事情ならびにその後の事象に関する報告の抜粋」
とかかれています。
そして、この中には「事情聴取」の記録も含まれています。
なんのための事情聴取なのかわからないけれど、何かのっぴきならないこと(?)が起きて、
これらの文書はみんな、そのための調査資料なのだ、と途中から気がつきました。


しかし、おもしろいです。
沢山の人たちがさまざまな形で様々な目的で書いた文章が、まさにその人らしさを見せてくれるのですから。
まさに文は人なり
しかもやたら個性派ぞろいの役者たち。かなり笑わせてもらいました。
ある事柄について、人によって性格によって、見方が違う。まるっきり違う風景に見えることもおもしろくて。
そして、やがて、このぶったぎりの文書の羅列からプロジェクトの全容とそこに絡む様々な人々の思惑が浮き彫りになってくるのです。
それと同時に徐々にこの途方もない法螺話に吸い込まれ、ロマンさえ感じ始めている自分に気がついたり。


このプロジェクトのあらましだけをせりふなしの短い漫画に仕立てたら、いっさい合切テンポよくさあっと流れて、わははと笑っておしまい。
風刺の効いた小じゃれた漫画になりそうな。
それが、人間がからんでくると、
このおかしなおかしな喜劇のあいだからそれぞれの事情や心情が長い道筋のあいだに移り変わってくる様子がにじみ出てくるのです。
そして、この奇妙な物語が終わる頃には、不思議な爽やかさ、清清しさに満たされているのでした。


最初からこの計画を実現可能、必ず実現させる、という信念をもっていたのは計画の発起人であり責任者であるシェリフたったひとりだけ。
この信念が人々を変えていく。
さて、最後はどうなったか。
事実は事実としてあるけれど、それがどのように見えたのか。人々は何を見たのか。
それぞれの願いどおりのものが見えたのかもしれない・・・

>私はそれを信じる、なぜならそれが不可能だからだ。
心に残ることばです。信じるってそういうことなのですね。
まっすぐに見えている道を見えているとおりに辿ることは「信じる」ことではないのです。
「信じる」ことができる人はきっと心豊かで幸福なのです。
夢を見るってそういうことですよね?