イギリス人はおかしい

イギリス人はおかしい―日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔 (文春文庫)イギリス人はおかしい―日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔
高尾慶子
文春文庫
★★★


イギリスの上流階級(ちょっと考えられないくらいのスエオソロシイ生活があるもんだ、現実に!)の家庭の(特に映画「ブラックレイン」などで有名なリドリー・スコット監督のロンドンの邸宅で)ハウスキーパーだった高尾慶子さんによるイギリス人論(?)

英国版「家政婦は見た!」みたいな感じの英上流階級の暴露本かと思ったのですが、違いました。
辛らつな言葉でぽんぽんやり込めるのは、日本人が良いほうに誤解している英国人堅気、昔からの格差社会、過去の戦争の功罪、オイルショック以後の英国社会、政治(サッチャー政権に代表される保守党)批判・・・などなど。

日本人が蟻なら、イギリス人は白熊だ、という見方はおもしろいです。「色が白くて体が大きいだけで、知恵のほうはさっさとまわらず動きが鈍い」からだって。
こういう調子でずばずばいきます。ときどき「おいおい・・・」と思うこともあり。英国なんて行ったこともないので、知らないといえば知らないけど、様々な例をひきながら、日本人だったらこうではない、日本の社会だったらこうではない、と言われると、そうかな、それは、一部の日本人ではないかな、日本人だっていろいろだよ・・・と思うこともある。だから、英国人は、英国の社会は・・・と決め付ける言葉にも、そこまで決め付けていいのかな、と思ってしまいます。少し曖昧なのが好きな日本人なんです、わたしは。(もっとも筆者は、英国が好きでたまらないんですよね。それはわかっているのです。英国より日本のほうが彼女にはある意味遠いのかも。)

また筆者は労働者階級に肩入れして、上流階級を辛らつにこき下ろしてはいるけれど、立ち位置は(たとえスラムに住んだ経験があるとはいえ)、あるいは彼女の気概は、労働者階級ではないんです。もし、労働者階級に属する人の文章だったら、こんなふうに労働者に対して優しい言葉は出ないのじゃないかな。上流ではないけど、下流じゃない、中流意識みたいなもの、もっと言えば、労働者階級に対する優しさにちょこっと「上から目線」を感じてしまいましたが・・・言い過ぎかな。

第二次戦争中に、日本人が捕虜をどのように扱ったかというくだりを読むのは辛かった。耳が痛く、情けない歴史の一場面である。追記の中に書かれていましたが、日本が謝罪すべきは、英蘭ではなく、アジアの国々だ、ということも納得しつつ、また、島原の乱でのオランダの非をオランダ人が認めたの認めないの、そのことが勇気あるのないの、という途方もない話まで持ち出さなくても、
こちらもやっていたがあちらもやっていた、それが戦争なのだ、といってもしまえる、その戦争は絶対に絶対に起こしてはならない、と改めて感じました。

不況下に、サッチャー政権がやってくれたこと。
経済政策を優先して、教育費を削ったこと。福祉を削ったこと。そのつけが、後になってまわってきている。
公教育では、勉強を教えない(苦笑)・・・のちにこのままではいけない、と教育改革を推進しようとすれば、教師達の反発を招くばかり。
救急車を呼んでも"as soonn as possible"は何時間先だかわからない。急患といえども、病院の予約はそのシステムにより一ヶ月先までとれない。救急車や病院の予約を待ちながら死んでしまう人もまれではない。(それでも「どんまい」なのさ)
イギリスのモラルは道徳心からきたものではなくて、神への恐れから生まれているものを、もはや宗教心が失われた現在、恐れるものは何もない、とばかりにモラルのかけらもなくなっていること。目の前で犯罪が起こり、助けを求める声が聞こえてもだれも動かない。警察も動かない。
そして、経済政策(?)の置き土産、ぎすぎすした物欲だけが残った。

この本が単行本として出たのは1998年。今から10年も前。あのころのわたしが、これを読んだら、「怖い国だなあ」で終わったかもしれない。
筆者もまた、日本では考えられないこととして書いています。
だけど、現在(たったの10年でですよ?)、笑いとばすことのできない現実。今の日本はじりじりと英国のほうに寄っているような気がします。
経済政策、急務でしょうけど、教育を福祉を医療をなおざりにしたら、後の年月のなかで確実に自分の首を絞めるのだというお手本にしたいと思います。