みどりの船

みどりの船 (あかねせかいの本)みどりの船
クウェンティン・ブレイク
千葉茂樹 訳
あかね書房
★★★★★


おばさんの家で過ごす夏休み、「ぼく」とアリスは塀を乗り越えてお屋敷の庭に入り込む。
塀の向こうは大きな森。森の奥へ分け入っていくと、突然開けたそこでみつけたのは・・・みどりの船だった。


このみどりの船の様子がどんなふうか・・・「すばらしい!」のひとことにつきるのです。
子どもの心と大人の力と(それから、いつまでも消えない遊び心やら想像力やら)がミックスしなければ、こんな形のこんな船は表れなかったはずなのです。
見開き一杯に広がるみどりの船に出会った瞬間、すーーと風が吹いてくるのを感じました。
この風の匂いは・・・むせ返るような森の匂いだろうか、潮の匂いだろうか。多分両方です。矛盾しているけど矛盾していない。


二人はこの夏、みどりの船で世界中を航海するのです。
二人の大人―お屋敷の女主人トリディーガさんと水夫長(=庭師)と一緒に。
地図をひろげ、望遠鏡をのぞき、舵をとり、イタリアの遺跡へ、エジプトへ、北極熊のいる北極へ。
赤道を越え、バターナイフでひげをそり、水をかぶる。
甲板で輪投げをし、冷たいライムジュースを飲んだ。
最後の夜には、荒れ狂う海を嵐の真ん中に向かって進んだのだ。


振り返ってみれば人生の夏休みのよな子どもの日。
遊んでも遊んでも遊びきれない夏をのせてみどりの船は進んでいきます。
でも、夏もやがて終わるときが来ます。
いつのまにかうだるような暑さの夕方に、涼しい風が吹いてきたのを感じます。こんな風は認めたくない、気がつかないふりをしていたいけれど、いやおうなしに夏はさっていく。
寂しく、うらみがましく、秋の訪れを認めざるを得ない夏休みの終わりを思い出しました。


庭師の水夫長も年をとり、充分に手入れできなくなったみどりの船は少しずつ形を変えていきます。やがてすっかり森の木々に溶け込んでしまうのでしょう。
みどりの船の長い夏の終わり。
でもね、この船は忘れません。子ども達も(年をとっても)忘れません。
この船がかつて世界中を航海したことを。冒険と笑いとともにあった輝かしい日々のことを。
遊びつかれて気持ちよく気だるくなったときに汗で額にへばりついた髪の毛に吹くさわやかな風の心地よさを。
いつまでもいつまでもまぶしく思い出させてくれる。
ずっとずっと。


それは単なる郷愁じゃありません。それは、何も持たずに歩くこともできる道を、ポケットに宝物を忍ばせながら歩いていくようなものかもしれません。
読めてよかった。