イルカの歌

イルカの歌イルカの歌
カレン・ヘス
金原瑞人 訳
白水社
★★★★


キューバ沖の孤島でイルカに育てられた少女が発見された。
この野生の少女は、ミラと名づけられる。彼女を保護したストーン中尉はこのように言いました。「ミラは不思議な子です。あの子を一目みたときから、何かしてあげたくてたまりませんでした。なにかを差しだしてあげたくて。」
アメリカ政府の保護のもと、研究者により教育を受ける。とともに、研究対象となる。

少女ミラの一人称語りにより綴られる物語は、まるで詩のよう。
彼女の心に浮かぶ驚きや恐れ、不思議さ、喜び、周りの物に対する思いなどが、短いセンテンスの簡単な言葉で綴られます。言葉を覚えるにしたがって少しずつ言葉は複雑になっていくのです。
言葉を覚え、音楽の美しさに目覚め、自分を世話してくれるごく少数の人々に対して心を開き、着実に進歩していく姿は感動的です。
イルカという動物が群れで行動し、仲間を大切にすること、独自の言語(?)を使って会話する、そういう動物だからでしょうか。ミラはイルカそのもので、人を喜ばせることを喜び、人と身体を触れ合うことを愛し、ひとりぼっちを寂しがり、人を喜ばせたいがゆえに学習も意欲的にこなしていきます。

彼女とイルカの生活の思い出の描写は美しい詩か音楽のようです。ファンタジックな夢のようです。
彼女はイルカの心で人間の気持ちをかなり正確に読み取ります。話し言葉の調子の奥にひそむ暖かさや愛情などを敏感に感じ取ります。
また、ふだん自分を世話してくれる人がときどきちらりとみせる彼女への研究対象としての興味に敏感に反応します。彼女はその顔を「そのとき、ベック先生がシャチにみえた。大きくて強くてきれいなシャチ。お腹がすくと、とてもこわくなるシャチ。」と綴る。

ミラはいつでも海が恋しくて恋しくてたまらないのです。イルカの家族のもとに帰りたくて帰りたくてたまらないのです。
人間の言葉を覚えれば覚えるほどに、ミラの思いも複雑になっていきます。そして、いろいろなことがよく見えるようになってきます。学習が進むにしたがって、自分が人間達にとってどういう存在であるか、わかってきます。イルカと人間との違いもわかってきます。自分がどちらに属するものか、ということも。

幸せってなんだろう。人間(?)の生き方ってなんだろう。幸せの形は、押し付けられるものではないだろう。
人間でいるよりもイルカでいたい、と考えたなら、それもありなのだろうと思う。そして、自分の生き方として、そのような選択ができるようになったとしたら、まさにそれこそが、尊厳ある人間としての人間らしい選択なのだ、とも思うのです。

読みながら、実は、物語と全く関係ないことを想像していました。
私の家族の一人は長い病院生活を経て、自宅療養中です。ほとんど歩けません。そして、穏やかな認知症です。
彼女の喜びは家でゆっくりすること。
庭の花を眺めたり、孫達がぺちゃくちゃさえずるように話すのをただにこにこと聞いているときがとても幸せそうです。医師やケアマネージャーさんの再三のリハビリやデイケアへの参加の呼びかけは、彼女を辛くさせます。
辛いのをがまんしてリハビリをつづければ、もっともっと歩けるようになるかもしれない。デイケアでたくさんの人に囲まれて過ごせばもっと社交的になって世界が広がるかもしれない。
でも、選べるならば、自分の余生の生き方くらい好きなように選べばいいと思う。
幸せって、人から押し付けられる通り一遍のものではないのではないか、そんなふうに思います。