木曜日に生まれた子ども

木曜日に生まれた子ども木曜日に生まれた子ども
ソーニャ・ハートネット
金原瑞人 訳
河出書房新社
★★★★


抗いようのない力でただぐいぐいと引っ張っていく。なんという力強い物語だろう。


兵役を終えた報酬にもらった、もと金鉱掘りの粗末な家と手つかずの痩せた土地に暮らすフルート一家。
父と母と五人の子ども達。この一家に、これでもかこれでもかと畳み掛けるように襲う不幸。
生活の苦しさのなかで我慢もし、悲しみを耐えてもきただろうが、互いを思いやり、笑顔を交し合ってきた温かい家族だった。
けれども、どん底のような貧乏と相次ぐ悲劇、希望から裏切られつづけることなどが、徐々に家族を変えていく。
まず、くすぶるような怒りが現れて、やがて絶望から無気力へとかわっていく。
そして、互いの欠点が浮き彫りになっていく。
だけど、平和であれば、欠点を互いに補い合おうとしただろうし、他の長所に目を向けることもできただろうに、と思うのだ。
皮肉な嘲りと黙り込みしかない食卓が、つらい。
ぎすぎすした重苦しい空気が、一家を覆っていくようで、読んでいるのが苦しくなります。
それなのに、夢中になって読んだ。読まずにいられなかった。
ほとばしるような筆力にひたすら引きずられるように読んだのです。


ひたすら穴を掘るこの家の次男ティン。
もし、なぜ穴を掘るのかと聞いたら、彼はきっと困る。
強いて言えば「そこに土があるから」という答えになるのでしょうか。
4歳の日からティンは穴を掘り、迷路のようなトンネルを作り、そこで寝起きするようになります。
なんともいえない奇妙な話なのですが、不思議にこれを静かに受け止めることができるのです。
フルート一家がそうしたように。
フルート家には、(あの4歳の日から)ティンがずっといない。
いないのだけれど、家族はいつでもティンを意識している。ちゃんといる。とても大きな存在感で。


ティンのトンネルのことを思う。
暗く深く、あらゆるところで枝分かれして、思わぬところから外への出口がある。
そして、どこまでもどこまでもまだまだ奥深く、まだまだ広がっていく。
その暗さも色々、冷たさも温かさも多種多様。成長し複雑になっていく。
何かに似ている。・・・人の心みたい。


ティンが掘る、ということはこの家族にとって、この物語にとって、どんな意味があるのだろう。
ティンの居場所に感じるのは土の湿った温かさ。暗いけれど温かく静か。私には、そんなイメージなのです。
つぎつぎ襲う不幸の中で、家族がティンを思うとき、そのトンネルの暗い温かさを感じてはいなかっただろうか。
ひたすらに掘り進むティンという存在が、ばらばらの家族の気持ちのよりどころになっているような気がしました。
ティン自身はそんなことはもちろん意識していないけれど。
だって、読み終えて、ほっとしてふりかえってみると、ティンの瞳の不思議な薄い水色と、土のにおいがのこるのだもの。
嵐のような苦しみに翻弄されたことを忘れて。ときにその土のトンネルが冷たい暗闇になることを忘れて。
この本の語り手である次女ハーパーが、今遠い町で暮らしながら、ごく身近にティンを感じているように。