配達あかずきん

配達あかずきん (ミステリ・フロンティア)配達あかずきん (成風堂書店事件メモ)
大崎梢
東京創元社ミステリ・フロンティア
★★★


駅ビル内の書店・成風堂を舞台に、しっかり者の書店員・杏子と、勘の良いアルバイト店員多絵のコンビが、さまざまな謎に取り組んでいく、初の本格書店ミステリ、第一弾!――とのことですが、おもしろかったです。
作者は書店員さんなのでしょうか。書店での、書店員側からの日常の仕事や、さまざまなお客のこぼれ話など、興味津々でした。
連作短編が5つ。
そのどれもがおもしろかったのですが、巻末のおまけの座談会「書店のことは書店員に聞け」――これは、四人の女性書店員さんたちが、ご自身の体験を踏まえて、この本の感想から始めて書店業務のあれこれを語ってくれる、とっても興味深い座談会なのでした。

さて、5作のうち、一番好きなのは、「六冊目のメッセージ」
入院している女性のためにお見舞いの本を5回にわたって選んでくれた書店員さんはだれだったでしょう・・・
この5冊の本のなんという配本センス。なんという細やかさ。どんなお見舞いの言葉にも勝る温かな気遣いが伝わってきて、こんな本を選んでくれた人はいったい誰だろう、一言お礼を言いたい、という彼女の気持ちはとてもわかりました。
ミステリより何より、こういう本を5冊チョイスできる作者のセンスに脱帽でした。まして、最後の六冊目のメッセージと来た日にはね。
このあとどうなったかな、と考えると自然にほこっとして、頬の筋肉がゆるんでしまいます。

「標野にて 君が袖振る」も好きでした。
これ、巻末の座談会のなかで、青野さんというかたがとてもすてきな感想をおっしゃっていて、その言葉ひとつひとつにうんうんと頷いてしまいました。よって、ここにごく一部引用させていただきます。
  >一度も顔を見せない――それどころか、作中では二十年も前に死んだことになっている彼。
   ・・・心の大部分を今も占め続けているとびきりの少年の残像がいまでも消えません。
この言葉を読んで、作品そのものに、ぱあっと「茜さす」ように思えました。そうなんです。その彼、飛び切り魅力的でものすごい存在感なのですが、確かに彼は思い出のなかにだけ住んでいる残像なのでした。そう思うと、あらためて切なさいっぱい抱えながらの幸福な結末にしみじみしてしまうのでした。

「ディスプレイ・リプレイ」
ある作品に対する深い思い入れの物語。
この作品のなかの印象的な言葉はひとりの大学生の言葉。
  >無責任な噂もくやしいけど、私が一番赦せないのは、
   えらそうに悪事を告発する正義感ぶった人たちです。
   自分たちは何も生み出さず、何も努力せず、
   ただ人の作ったものをけなし、ひやかし、足を引っ張ろうとしている。
私も、こうして、まがりなりにもヒトサマの作品についての自分の思いをオープンに書いているわけですが、傲慢になっていないかしら、とふと考えたのでした。
この物語の決着のつきかたはほっとするもので、「よかったねえ」と思うと共に、あの色紙の貰い手さんにとって、何にもまさる幸福!とうれしかったです。

そして、おまけの座談会。これは、おまけでも付録でもなく、一つの作品として楽しませてもらいました。いえ、ひとりの書店を愛する買い手として、座談会にとびいり参加しているようなつもりで読みました。
この本のことを、「謎解きプラス書店の日常の知識の二本立てでお買い得感(一粒で二度おいしい)」との意見を読めば、「いえいえ、この座談会まで含めて一粒で三度おいしいですよ」と切り返したくなりましたし、
この本の舞台である成風堂が、この座談会に参加している書店員さんにとって「自分の店のことかしら」と思うような親近感を感じたとの意見を読めば、すかさず、「はい、わたしもいつも行く大好きな書店の雰囲気を思い浮かべながら読みました」と言いたくなります。
また、書店のたくさんのエピソードの中で、お客さんのために選んだ本のことは、後々まで気になったり、のちにお礼を言われたことがうれしかった、などというお話を読めば・・・ああ、買い手としては、今度は勇気を出して「ありがとう」といいたい、と思ったりしました。
一番心に残ったのは、「書店の仕事は毎日がミステリアス」というニュアンスのお話でした。(・・・ところが、付箋をはさんでおかなかったので、今さがしたのですが、どの部分に書かれていたかどうしてもみつかりません)
書店に限らず、どんな仕事、どんな日常のなかにも、どきっとすること、はらはらすること、それからほっとすること、あると思うのです。
毎日を「ミステリアス!」と思いながら暮らせたら・・・
明日はどんなミステリがあるかしら、と思いながら暮らせたら・・・
なんだか素敵だな、と思ったのでした。