ぼくには数字が風景に見える

ぼくには数字が風景に見えるぼくには数字が風景に見える
ダニエル・タメット
古屋美登里 訳
講談社
★★★★


本書の著者ダニエル・タメットは、アスペルガー症候群サヴァン症候群で、しかも数字の羅列が美しい風景に見えいるという不思議な共感覚を持っている。
πの小数点以下22514桁を暗記して、ギネスブックにも載った驚異の記憶力の持ち主である。
言語感覚にも秀で、十ヵ国語を自在に操る。
 
・・・という著者ですが、これは、彼の姿のほんの一部を表面的にしか捕らえていない言葉です。


彼の見えるもの、彼のイメージ、彼が数字に囲まれる至福のときがどんなに美しく語られていることか、その不思議さに驚き興奮するのです。うらやましくさえあります。わたしにもそんな風景が見えたら!と。

そして、πの暗唱・・・こういうものを暗唱することにどんな意味があるの?と初めはチラッと思いましたが、考えを改めさせられました。
わたしたちが詩を読むように、詩を暗唱するように、彼は数字を暗唱するのだ、と考えれば、彼の気持ちに一番近いでしょうか。22514桁の数字のなかの、この桁からこの桁の間の数字の羅列が一番美しくて自分の好きな箇所なのだ、との記述を読めば、わたしにとってはなんの意味もない数字が、彼には調和のとれた美しい韻のように感じるのか、と、彼の独特の感性に感動するのです。


だけど、何よりも感動し圧倒されてしまうのは・・・

障碍(または才能)を越えて、ダニエル・タメットという人の生き方。なんという勇気に満ちた生き方でしょう。なんと自分の人生に対して啓かれた目を持っている青年でしょう。
わたしがダニエルのイメージを容易に思い描けないように、彼は彼の回りのほとんどの人たちの感情を容易に推し量れない・・・彼が自分の感覚とはあまりにも違いすぎる世界で暮らすことは、逆にわたしがダニエルのような人たちに囲まれて暮らさなければならないとしたら・・・と考えれることで、それがどんなに困難で苦しいことか想像できると思うのです。

辛い学齢期(他者の感覚との違いを自分にも他者にもなかなか受け入れられず、その行動は奇異に映り、孤立)を過ごしながら、自分が何者かを知る長い道のり。
やがて至るのは確かな自己分析。自分の得意なことと苦手なことを客観的に判断し、得意を活かし、苦手なことを克服するというよりは代替手段を探し出していきます。言うは簡単ですが、自分を素直に客観的に見る、ってすごく難しくないですか?とても誠実で勇気のあることだと思います。

そして、あえて困難なことにチャレンジ・・・高校卒業後、あえてリトアニアでの一年間のボランティアに挑戦することやアメリカでのテレビ出演・・・これらは、(彼の障碍ゆえ)他の人が考えるよりずっと大きな冒険であり、勇気ある決断だったでしょう。
これらの決断のためにどれほど大きなエネルギーが必要だったでしょう。
でも、その道をあえて自分で選択したのは、苦しみより、意欲、希望が勝ったから。
そして、一つ挑戦するたびに確実に何かをつかみとり一歩一歩成長していく姿には、感動せずにはいられません。

彼はきっとこれからもこういうふうに生きていくのでしょうね。外観は控えめで謙虚なダニエルですが、彼の人生はきっと未知の世界への冒険なのです。この本の続きを読みたいものです。10年後くらいに。


彼がこんなふうに成長した理由はどこにあるのでしょうか。(障碍、または才能のことはさておいて、彼の生きる姿勢のことです)

彼が持って生まれた感性の豊かさでしょうか。彼は数字を、わたしたちが風景を見るように見ていました。そして、その風景(数字の世界)を心から楽しみ、ゆったりとくつろぎ、感動していたのです。美しいものに惹かれるせつないようなときめき。あこがれを、彼は知っていたのです。こういう心の豊かさが、彼を大きく成長させる糧になったのかもしれません。

それから家族、ことに両親の偉大さ。困難な子育てだっただろうに、このような彼を育てたのは両親です。この両親はともに苦しい幼年時代を過ごし、充分な教育も受けず、どちらかといえば貧しい暮らしをしています。だけど、そんなことはちっぽけなこと。彼らは9人の子どもを持ち、子どもを深く深く理解し、無条件に受け入れ、愛し、わが子を誇りに思っているのです。著者は両親を深く愛し尊敬しています。すばらしい家族だと思います。


「思慮深く、優しい声で、ダニエルは私たちにそっと教えてくれる。この世界は、生きるに値する場所である、と。」
これは、この本に対して寄せた小川洋子さんの賛辞です。この言葉に心から同意します。
ありがとう、ダニエル・タメット。この世は美しい不思議に満ちています。


* 心に残った言葉のメモ *

>脳に障碍を負った人たちを誤解している人は多い。てんかんと診断された子どもを持つ親のみなさんに、ぼくはこう言いたい。その子の病状に合った教育をできる限り与えてほしいと。一番だいじなのは、自分の夢を持ち続ける自信を子どもたちに与えることだ。夢はその子の未来をつくる大切なものなのだから。